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下多度村(しもたどむら)は、かつて岐阜県養老郡に存在したである。

下多度村
廃止日 1954年11月5日
廃止理由 合併
現在の自治体 海津市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 岐阜県
養老郡
下多度村役場
所在地 岐阜県養老郡下多度村津屋字寺屋敷2018-1
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現在の海津市の一部(旧・海津郡南濃町の北部)である。一部の地域は南濃町との合併後に分割され、養老郡養老町に編入されている。

歴史編集

  • 江戸時代末期、この地域は美濃国多芸郡であり、大垣藩領などであった。
  • 1871年(明治4年) - 津屋村と等ノ原村が合併し、津屋村となる。
  • 1874年(明治7年) - 釜段新田が分立し、釜段村と志津新田となる。
  • 1889年(明治22年)7月1日 - 津屋村、志津村、志津新田、若宮村、船見村が合併し、下多度村となる。
  • 1897年(明治30年)4月1日[1] - 郡制に基づき多芸郡の一部と上石津郡が合併し、養老郡となる。下多度村は養老郡となる。
  • 1954年(昭和29年)11月5日 - 海津郡城山町石津村、および養老郡下多度村が合併し、海津郡南濃町となる。
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 南濃町と養老町とで境界変更。旧・若宮村と船見村の全域と旧・津屋村の一部(段の尻、中原、紬ノ木、小名、大憤、浮島、中島、上戸樋、北河原)が養老町に編入される。

交通機関編集

学校編集

脚注編集

  1. ^ 揖斐郡志』、揖斐郡教育会、1924年12月、292-295頁

関連項目編集