世良 正利(せら まさとし、1918年2月8日- )は、日本の心理学者中央大学名誉教授。

略歴編集

広島県生まれ。1942年東京帝国大学文学部心理学科卒業。海軍技術研究所、東京女子経済専門学校勤務を経て、中央大学文学部助教授、教授。1979年には同大学人文科学研究所長就任。1989年定年退任、名誉教授。人格心理学、社会心理学専攻[1]。ソビエト心理学[注釈 1]、日本人論などを研究した。

論文編集

  • 「社會科とその參考書、コレクション」『生活學校』 第3巻 6号、1948
  • 「學習指導要領社會科篇批判」『生活學校』 第3巻 6号、1948
  • 「日本人の「廻れ右」―ルース・ベネデイクトの『菊と刀』に関連して」『現代心理』 第1号、1949
  • 「演劇教育の立場からとらえた人格心理学の諸問題」『机』 第7巻 7号 、1956
  • 「笑い」『机』 第8巻 1号、1957
  • 「演劇教育の心理学的基礎」『中央大学文学部紀要』 第8号、1957
  • 「人間行動の基礎理論」『中央大学文学部紀要』 第22号、1961
  • 「言語的手段による心理療法 (特集 話しことばの類型)」『言語生活』 第122号、1961
  • 「笑いとは何か」『理想』 第351号、1962
  • 「討論の概要 (日本教育心理学会第4回総会部門別研究発表要旨・討論の概要 8. 人格 (3))」(牛島義友と共著)『教育心理学年報』 第2巻 、1963
  • 築島謙三 文化心理学基礎論、勁草書房(1962)」『教育心理学研究』 第11巻 2号、1963
  • 「心理とイデオロギー」『理想』 第373号 、1964
  • 「日本人の立身出世主義と権威主義」『児童心理』 第22巻 2号、1968
  • 「日本語と日本人の発想法」『言語生活』 第231号 、1970
  • 「日本人の優越感・劣等感」『児童心理』 第26巻 9号 、1972
  • 「教育心理学における方法としての弁証法」(内藤耕次郎、城戸幡太郎西平直喜松村康平と共著)『教育心理学年報』 第12巻 、1973
  • 「社会主義国を中心として・社会心理学の国際的展望 人間と社会の未来を予測するために(シンポジウム)第2部社会心理学の国際的意義」『年報社会心理学』 第14号、1973
  • 「日本人の帰属意識―「不分離性の原理」の理論からの考察」『中央大学経済研究所年報』 第8号、1977
  • 「日本人論再考に寄せて」『こころの健康』 第5巻 1号、1990

著書編集

  • 『人間とは何か 心理学的考察』學藝書房、1955 
  • 『日本人の笑い』法政大学出版局、1959
  • 『はだかの日本人 笑いのそこにひそむもの』講談社、1960 ミリオン・ブックス
  • 『日本人のパーソナリティ』紀伊国屋新書、1963 
  • 『日本人の心』日本放送出版協会、1965 NHKブックス
  • 『人はどこまで変われる? ―性格心理(秘)ガイド 秘密のあなたを見つけ出す、ココロの法則』青春出版社、1994 青春best文庫

共編著編集

  • 『一般心理学』乾孝共著 巌松堂書店、1951
  • 『人間性序説―心理学の諸問題』永丘智郎、津久井佐喜男共編 學藝書房、1954
  • 『現代心理学ハンドブック』津久井佐喜男、滝沢武久共編 學藝書房、1959
  • 『中央大学100周年記念論文集 文学部』安川定男、長田光展、武藤脩二、前野光弘、田野崎昭夫共著 中央大学、1985
  • 『民衆文化の構成と展開―遠野物語から民衆的イベントへ』田野崎昭夫、竹村祥子、渡辺友左、加藤正泰、奥田泰弘共著 中央大学出版部、1989

翻訳編集

  • 『心理学とは何か ソヴエト心理学はこれをどうみているか』編 牧山啓、木内淳吾共訳 學藝書房、1955
  • 『人間・文化・民族の心理 現代ソビトエ心理学論集』木内淳吾、坂本市郎、松野豊共訳 三友社、1972

参考編集

  • 『日本人の心』(日本放送出版協会、1965年 NHKブックス)著者紹介 

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 1963年11月に松本金寿、内藤耕次郎、世良の3名の発起人によりソビエト心理学研究会結成への呼びかけを行う。1965年3月に研究会創立総会を開催。松本が初代会長に就任。世良正利が機関誌『ソビエト心理学研究』の編集部代表に就いた。規約上、研究会の設置は、「ソビエト心理学を研究すると共に、わが国におけるソビエト心理学研究者間の相互提携、及び心理学の面での日ソ学術交流を計ることを主な目的とする」ものであった。ソビエト心理学研究会『ソビエト心理学研究』三友社、第2号 1965年、第14・15号 1972年

出典編集

  1. ^ 大泉溥編『日本心理学事典』クレス出版、2003年 pp.605-606