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中華民国とパラグアイの関係

中華民国とパラグアイの関係繁体字: 中華民國-巴拉圭關係スペイン語: Relaciones entre Paraguay y la República de China)あるいは台湾とパラグアイの関係簡体字: 台湾与巴拉圭关系英語: Paraguay–Taiwan relations)とは、中華民国パラグアイの間における国際関係を指す。

中華民国とパラグアイの関係
ParaguayとROCの位置を示した地図

パラグアイ

中華民国

歴史編集

パラグアイは2019年時点で、南米で唯一中華民国と正式な外交関係のある国家であり、同時に中華人民共和国を承認していない世界でも数少ない国のうちの一つである。

中華民国とパラグアイは、1957年7月12日に国交を樹立した。これは1954年より政権の座についていたアルフレド・ストロエスネル大統領の反共政策に由来し、中華民国が国際連合を脱退し、ストロエスネルが退陣してからも関係は継続された。1959年11月29日、中華民国はパラグアイの首都アスンシオン大使館を設立。1988年12月12日には「駐ストロエスネル市総領事館」(繁体字: 駐史托斯納爾市總領事館)を設立し、1989年2月に同市が改名されたことにより「駐シウダー・デル・エステ総領事館」(繁体字: 駐東方市總領事館)となった。パラグアイもまた、台北市大使館を設置している。

二国間協定編集

1961年に「文化交流協定」、1968年に「貿易協同協定」(繁体字: 貿易夥伴協定)、1975年に「観光相互援助協定」(繁体字: 觀光互助協定)が締結された[1][2]

両国の軍事協力編集

パラグアイの大統領アルフレド・ストロエスネル中華民国の総統蒋介石反共の立場で一致していたため、両国において同じ価値観が共有されており、また非常に良好な関係であるという状況の下、パラグアイの軍人の多くが中華民国の台北郊外復興崗中国語版にある軍事訓練センターで訓練を受けていた[3]

二国間貿易編集

1990年代、パラグアイは中華民国の経済援助の下で高度経済成長を実現し[2]2004年までに両国間の年間貿易額は40億ドルに到達した[4]。しかし、2015年のパラグアイは中華民国から見て第100位の貿易相手国に過ぎず、両国間の貿易額は6019万9573ドル、うち中華民国の輸入が2897万5671ドル、輸出が3122万3902ドルであった[5]

出典・脚注編集

  1. ^ Relaciones de la República de China (Taiwán) y la República del Paraguay Archived 2011年7月16日, at the Wayback Machine. (Relations of the Republic of China (Taiwan) and the Republic of Paraguay) (At the official site of the R.O.C. Embassy in Paraguay) (スペイン語)
  2. ^ a b DIPLOMATIC RELATIONS WITH THE REPUBLIC OF CHINA (TAIWAN)>BILATERAL AGREEMENTS (Embassy of Paraguay in the Republic of China) (英語)
  3. ^ Marks, Thomas A., Counterrevolution in China: Wang Sheng and the Kuomintang, Frank Cass (London: 1998), ISBN 0-7146-4700-4. Partial view on Google Books. pp 289. 293. (英語)
  4. ^ Taiwan to allow Paraguay to defer loan payments: minister "The China Post", March 9, 2009 (英語)
  5. ^ 經濟部國際貿易局貿易統計系統. 経済部国際貿易局中国語版. (2016-02-25). オリジナルの2016年3月9日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160309193715/http://cus93.trade.gov.tw/FSCI/ 2016年2月26日閲覧。.  (繁体字中国語)

関連項目編集

外部リンク編集