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佐川滉

日本の映画プロデューサー、小説家
佐川プロダクションから転送)

佐川 滉(さがわ あきら、生没年不詳)は、日本の映画プロデューサー脚本家小説家である。新東宝での石井輝男作品を多く企画した。小説家としての筆名に牧 源太郎(まき げんたろう)がある。

さがわ あきら
佐川 滉
別名義 牧 源太郎 まき げんたろう
生年月日 不詳年
没年月日 不詳年
死没地 日本の旗 日本
職業 映画プロデューサー脚本家
ジャンル 映画
活動期間 1954年 - 1966年
活動内容 1954年 プロデューサー昇進
1961年 佐川プロダクション設立
1964年 『忍者部隊月光』製作
主な作品
映画『女王蜂
テレビドラマ『忍者部隊月光
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人物・来歴編集

生年生地不詳。

第二次世界大戦後、東宝争議から製作機能を停止した東宝作品を供給するために設立された新東宝に入社、1954年(昭和29年)、プロデューサーに昇進、実際に起きた事件をもとに『恐怖のカービン銃』を企画、戦前の日活多摩川撮影所の監督田口哲を起用し製作した。1957年(昭和32年)には石井輝男の監督昇進第1作『リングの王者 栄光の世界』をプロデュースした。牧源太郎名義で双葉社の雑誌『傑作倶楽部』に小説『女王蜂』を発表、田口監督で映画化した。

1961年(昭和36年)8月31日、新東宝が倒産し、翌日の9月1日に同社を分社化して設立した配給会社大宝に作品を供給する佐川プロダクションを設立、3作を製作、助監督だった柴田吉太郎山際永三を監督としてデビューさせた。

その後は、同年11月におなじく新東宝の製作部門を分社化したテレビドラマに特化した製作会社NAC(現在の国際放映)で、テレビ映画の製作に従事、フジテレビ系で放映された『忍者部隊月光』を手がけた。

その後の記録も不詳であり、没年も不詳であるが2009年9月の時点で故人である[1]

フィルモグラフィ編集

新東宝編集

大宝編集

NAC・国際放映編集

ギャラリー編集

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  1. ^ 発掘! 幻の大宝映画、 2009年9月11日閲覧。

外部リンク編集