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保科 正英(ほしな まさふさ、慶長16年(1611年) - 延宝6年5月23日1678年7月11日))は、上総飯野藩の嫡子。但馬国出石藩主・小出吉英の三男。母は貞松院。正室は井上庸名の娘。子は小出英勝(長男)。

母方の叔父である保科正貞の養子となるも、廃嫡され実家に帰る。のち、長男・英勝は吉英の養子となって小出姓を名乗った。飯野藩嫡子の座は、正貞長男の正景が就いた。