八坂神社 (北九州市)

八坂神社(やさかじんじゃ)は、福岡県北九州市小倉北区城内小倉城内)にある神社。祭神はテンプレートを参照。旧社格は県社。

八坂神社
八坂神社の正殿
所在地 福岡県北九州市小倉北区城内2-2
位置 北緯33度53分07.68秒
東経130度52分25.39秒
座標: 北緯33度53分07.68秒 東経130度52分25.39秒
主祭神 北殿
櫛名田比売命須佐能袁命天之菩卑命天之忍穂耳命天津日子根命活津日子根命熊野久須比命市寸島比売命多紀理比売命多岐津比売命
南殿
大名牟遅命少比古那命須佐之男命櫛名田比売命
社格 県社明治6年5月15日)
創建 清和天皇貞観12年(870年)4月
本殿の様式 流造
例祭 祇園祭(小倉祇園太鼓)7月の第3土曜日・日曜日
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神社入口

概要編集

古くは「こくらのぎおんさん」と呼ばれていた。阪東妻三郎(1943年版)や三船敏郎(1958年版)らが主演した映画『無法松の一生』に登場する小倉祇園太鼓はこの神社の例大祭である。祭は1618年元和4年)にはじまり、約390年の歴史を有する。現在は、毎年7月の第3土曜日・日曜日に開催されている。なおこの神社は、北九州市およびその周辺地域において、もっとも多くの参拝客でにぎわう神社である。

もともと「祇園社」と呼ばれていたが、1868年慶応4年)の神仏分離令廃仏毀釈運動)により、「八坂神社」に改められた。


明治維新からの廃藩置県で全国の例にもれず廃城となった。福岡県知事にあたる県令有栖川宮など皇室関係者が全国で県令となった。倒幕はすさまじく維新とはいえ20年近くも議会は開催されなかった。江戸時代に細川藩はもともと大阪だったが、熊本肥後に移り、小倉城には小川原藩が入城した。肥後藩は、西南の役で凄惨な闘い籠城の末多大な犠牲者を出した。昭和になり、熊本大学裏の竜田に武蔵の五輪書にちなんだ五重塔やガラシャ夫人廟も記念に建設された。小倉は、大空襲のあと廃城のまま放置されていたが、モノレールとジェットコースターと観覧車が建設され遊園地として利用された。敷地内に北九州市役所や市民会館が建設され、労音や子ども劇場などが活発に利用し戦後復興とともに文化活動も盛んになった。八坂神社は、もともと無人で門司駅裏に所在した。戦後は、宮司は不在だった。戦後復興の後、文化財保存目的もあり理事会ができ廃城を利用することになった。墓苑は氏子が近隣の農家出身者が多かったために、自分の実家の墓苑を利用している。

現在は神社本庁に属さない単立神社である。

年表編集

周辺施設編集

外部リンク編集