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小倉北区

北九州市の区

小倉北区(こくらきたく)は、北九州市を構成する7区の行政区の一つである。北九州市の中心地区であり、小倉駅北九州市役所がある。

こくらきたく
小倉北区
小倉城天守閣
小倉城天守閣
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
北九州市
団体コード 40106-4
面積 39.23km2
総人口 182,220
推計人口、2018年10月1日)
人口密度 4,645人/km2
隣接自治体
隣接行政区
北九州市戸畑区八幡東区
小倉南区門司区
(海上で隣接)山口県下関市
小倉北区役所
所在地 803-8510
福岡県北九州市小倉北区大手町1番1号
北緯33度52分49.8秒東経130度52分25.5秒座標: 北緯33度52分49.8秒 東経130度52分25.5秒
Kokura-kita Ward Office.jpg
外部リンク 北九州市小倉北区HP

小倉北区位置図

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足立公園から見る小倉市街の夜景
紫川に架かる常盤橋

目次

概要編集

北九州市の中心区であり、小倉駅周辺は北九州市の都心を形成している。

市街地は小倉駅を中心として、南北方向(平和通り浅香通りちゅうぎん通りみかげ通り)と、東西方向(勝山通り小文字通り)に広がっており、繁華街堺町紺屋町などの歓楽街も形成されている。また、小倉駅小倉城口(南口)から平和通りの上空には北九州モノレールが通っており、区内から小倉南区徳力企救丘方面)への交通網を担っている。

同区内にある三萩野交差点は、国道3号国道10号の分岐点であり、市内随一の交通の要衝となっている。北九州モノレール香春口三萩野駅があり、その付近で都市高速北九州高速4号線がその付近で立体交差する。

商業施設商店街の多くは平和通りより西側に立地しており、主なものとして魚町銀天街、京町銀天街、旦過市場井筒屋コレットリバーウォーク北九州チャチャタウンなどがある。

また、区の中心部には小倉城があり、北九州市の主な観光地の一つとなっている。碁盤目状の区割り、職人・職業の名称がついた町名(魚町鍛冶町馬借)など、城下町の名残があるが、小倉城周辺以外は商業地としての開発が進んだため、城下町としての景観はあまり残っていない。

近年はリバーウォークや小倉駅ビルを始めとする大型建築物、タワーマンションなどの建築が進み、リバーウォークの向かいにはタワーマンション小倉D.C.タワーが建設された(145.7mの高さで、建設当時は福岡県内で最も高い建物だった)。

他に北側の響灘にある藍島および馬島も区域に含まれる。

歴史編集

1602年細川忠興小倉城を築城した後、城下町小倉が形成されていった。1632年には大名の配置換えにより譜代大名である小笠原忠真が小倉 - 豊前国15万石の藩主となる。その後小倉城は、1866年には長州戦争の際に小倉藩自らの手により火をつけられ焼失する。明治時代には廃藩置県により小倉県が誕生し小倉はその県庁所在地となる。福岡県に併合された後も豊前地方の経済の中心地として栄え、工業の分野でも新日鐵住金小倉製鐵所などのような重工業が盛んであった。現在では、北九州市の中心区としてふさわしい商業地区・施設や街路河川橋梁などの整備が進んでいる。

以下、現在の小倉北区について記す。北九州市小倉市の項目も参照。

  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制が施行され、小倉町・長松浦村・平松浦村が合併し、企救郡小倉町(きくぐん・こくらまち)となる。また、企救郡内には、足立村(あだちむら)、西紫村(にしむらさきむら)、板櫃村(いたびつむら)が発足。
  • 1900年(明治33年)4月1日 - 小倉町が市制施行、小倉市になる。
  • 1908年(明治41年)4月1日 - 西紫村を分割廃止。小熊野・篠崎地区が板櫃村に、蒲生(現在は小倉南区)、今村(現在の今町)地区が企救町(きくまち)に、それぞれ編入される。
  • 1922年大正11年)10月1日 - 板櫃村が町制施行、板櫃町(いたびつまち)となる。
  • 1925年(大正14年)4月28日 - 板櫃町を分割廃止。大部分は小倉市に編入されるが、槻田地区と小熊野地区の各一部は八幡市に編入された。
  • 1927年昭和2年)4月1日 - 足立村を小倉市に編入。これによりおおよそ現在の小倉北区の範囲が小倉市となった。
  • 1937年(昭和12年)9月1日 - 企救町を小倉市に編入。
  • 1963年(昭和38年)2月10日 - 5市合併により北九州市発足、旧小倉市部分は概ね小倉区となった。但し、政令指定都市への移行は4月1日であったため、それまで小倉区は町名・大字の一部(接頭句)扱いであった。
  • 1974年(昭和49年)4月1日 - 小倉区を小倉北区小倉南区に分区。その際、旧企救町のエリアでは今町地区が小倉北区となった。

交通編集

北九州市の中心として位置付けられているため、区内には各交通機関の起点となる施設が存在する。

鉄道編集

 
小倉駅
九州旅客鉄道(JR九州)
小倉駅 - 西小倉駅は現在路線重複区間となっている。これは、西小倉駅への鹿児島線ホーム設置が国鉄民営化後であったため。但し、現在運用上は日豊本線は事実上西小倉駅起点扱いに近く、非優等列車どうしの乗り換えは西小倉駅で対応するほか、区間内で現在進められている紫川の橋梁嵩上げ工事に伴い区間運休する場合は、両駅間は鹿児島本線系統のみの運行となる(近年は2009年元日夜が該当)。
西日本旅客鉄道(JR西日本)
山陽新幹線
博多駅 - )小倉駅( - 新下関駅
北九州高速鉄道
モノレール小倉線
小倉駅 - 平和通駅 - 旦過駅 - 香春口三萩野駅 - 片野駅( - 城野駅

廃止された路線編集

西日本鉄道
2000年平成12年)11月25日に全線廃止された。現在はそのうち八幡西区黒崎駅前 - 熊西間については、相互乗り入れしていた子会社の筑豊電気鉄道により承継され、同社の路線として運営されている。

バス編集

以下は路線乗り入れのみ。ともに区内に営業所はない。

船舶編集

生活航路編集

北九州市営渡船(小倉航路
小倉(浅野)- 馬島 - 藍島
関門海峡フェリー(2011年11月30日をもって運航休止)
小倉(日明港) - 下関市彦島(荒田港)

遠距離・観光航路編集

松山・小倉フェリー
小倉(浅野) - 松山観光港

教育編集

大学・短期大学編集

公立
私立

高等学校編集

県立
私立全日制
通信制・単位制・その他サポート校など

中学校編集

国立
市立
私立

小学校編集

国立
市立

特別支援学校編集

その他の学校編集

医療機関編集

産業編集

 
小倉井筒屋

小倉北区に本社を置く主な企業編集

工業編集

商業編集

その他編集

小倉北区に大きな事業拠点を置く主な企業編集

マスメディア編集

新聞
放送

祭事・イベント編集

 
小倉祇園太鼓

施設編集

 
北九州市役所
 
リバーウォーク北九州

小倉駅地区編集

駅構内
駅北口
駅南東

都心部編集

小倉駅南東・砂津地区
小倉駅南西紫川以東
紫川以西

周辺編集

 
中央公園

通信・放送編集

JPグループ編集

大きな事業所は、区内には以下が存在する。

電話編集

以下に示す市外・市内局番は総務省公開情報による。近年、通信自由化で従来のパターンが通用しなくなっている。

西日本電信電話
  • 北九州支店直轄…(093)5xy(x=0-5、主に紫川以東)
  • 小倉西…(093)5xy(x=6-9、主に紫川以西)
  • 小倉南…(093)92x (x=1-4)、931、932、941、95x (x=1-3)(小倉南区の一部と共通)
  • 槻田…(093)65x(到津地区周辺、八幡東区の一部と共通)

以下、エリア分類不明。

なお参考までに、西日本電信電話における一般的な割り当てルールは以下の通り。

  • 2xy…中間市・遠賀郡
  • 3xy…門司区
  • 7xy…若松区
  • 8xy…戸畑区

携帯電話については、NTTドコモau by KDDISoftBankとも区内ほとんどの地域で利用可能となっているが、山間部で繋がらない地域がある。世代交代が進められていることもあり、3G(第三世代)以降のサービスのみについてエリア拡大のため基地局整備等が進められている。

新聞社編集

小倉北区には、歴史的経緯から大手新聞社の地域本社が存在するが、現在も紙面製作を行っているのは毎日グループのみとなっている。

放送編集

小倉北区内には、以下の各局が演奏所を構えている。

放送波受信については、テレビとFMラジオ放送は皿倉山八幡テレビ・FM放送所から出される電波を、AMラジオ放送は、若松区響送信所から出される電波を、直接受信する。これは、離島の藍島・馬島においても基本的に同じである。

受信条件は、市内7区の中では最も良好とみられており、区内にはFM KITAQを除き、地元向け送信所が全く存在しない。なお、リーガロイヤルホテル小倉屋上にある下関西中継局は、あくまでも下関市市街地の響灘側を放送対象とする域外中継局であり、地元向けではない。

出身有名人編集

政財界・軍事編集

文化・芸術編集

芸能編集

スポーツ編集

その他編集

  • 竹林紀雄(演出家、テレビプロデューサー、大学教授)

脚注編集

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  1. ^ 編集・紙面製作は主に福岡市博多区朝日新聞福岡本部で行っている。
  2. ^ 生まれは北海道だが、親の仕事の関係で一時期生活していた経験がある。

関連項目編集

外部リンク編集