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出羽仙台街道

出羽仙台街道(でわせんだいかいどう)は、江戸時代陸奥国の最大都市である仙台藩仙台城下町(現・宮城県仙台市地図)と、西廻海運の起点である庄内藩港町酒田湊(現・山形県酒田市地図)とを結んだ街道のうち、奥羽両国を隔てる奥羽山脈を超える区間、すなわち、吉岡宿宮城県黒川郡大和町吉岡地図)から舟形宿(山形県最上郡舟形町地図)までの区間の通称[1]

現在では特に「出羽仙台街道中山越」として史跡指定されている県境の区間、すなわち、宮城県大崎市鳴子の尿前番所(地図)から山形県最上郡最上町の笹森番所(地図)までの区間 (4.2km) を指すことが多い。

目次

概要編集

戊辰戦争の戦後処理が行われた明治元年12月7日西暦1869年1月19日)に、出羽国羽前国羽後国に分割されたため、仙台と酒田を結んだ街道は現在、「北羽前街道[2]、あるいは、「羽後街道」と呼ばれている。1990年(平成2年)、街道沿いの史跡群を国の史跡に指定するに当たって、「御勝手帳」「安永風土記御用書出」の記述を基に、指定名称を「出羽仙台街道中山越」としたことにより[3]名称が一般化した。すなわち、出羽仙台街道は、歴史的に広く使われていた名称ではない[4]

この街道は脇街道であり、仙台城下町出羽国とを結んだいくつかの街道の1つである。酒田港から最上川を清水港(現大蔵村)で陸揚げされた上方物や松前物が、この街道を通って仙台城下に運ばれた。仙台藩にとっては、奥州街道陸前浜街道ほどではないにしろ、重要な街道であった。

出羽三山への参詣に向かう街道でもあり、かつては松尾芭蕉も通った。

現在、尿前番所と笹森番所の間の旧街道(4.2km)が、歴史街道として保存されており、往古の雰囲気が残されている。史跡「出羽仙台街道中山越」の指定範囲でもある[5]

関所編集

  • 尿前番所(仙台藩
  • 笹森番所(新庄藩
  • 舟形口留番所(新庄藩。羽州街道の関所)

現在のルート編集

脚注編集

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  1. ^ 出羽仙台街道中山越とは
  2. ^ 日本の主な街道
  3. ^ 出羽街道中山越を行く
  4. ^ 最上町商工会 Archived 2010年6月9日, at the Wayback Machine.
  5. ^ 国指定文化財等データベース
  6. ^ 北羽前街道は、仙台から酒田を結ぶ街道だが、古川で奥州街道と分岐している。吉岡から岩出山へと向かう区間は、羽後街道である。

関連項目編集

外部リンク編集