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勧修寺 政顕(かじゅうじ まさあき)は、安土桃山時代公家公卿)。極位極官は、従二位権中納言堂上家勧修寺家藤原北家高藤流甘露寺支流、名家)の9代当主。「政」の字は室町幕府第8代将軍足利義政より偏諱を賜ったものである。

生涯編集

准大臣勧修寺教秀の子。母は権中納言飛鳥井雅永の娘。養父は叔父の勧修寺経茂で、教秀から直接家督を継いだのではなく、教秀が養子としていた経茂が一旦当主となってその養子という形で政顕が継いだ。

文明15年(1483年)10月11日、参議

晩年は子の尚顕共々女婿の畠山義総を頼り、京を離れ能登国または加賀国出家して真顕(しんけん)と号した。

系譜編集

関連項目編集