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北方文化博物館(ほっぽうぶんかはくぶつかん)は、新潟県新潟市江南区沢海(そうみ)にある戦後初の私立博物館[1]。第二次世界大戦後の農地改革[2]、財団法人(史蹟文化振興会)の道を選択し、豪農伊藤文吉の邸宅を七代目、伊藤文吉は米国、連合国最高司令官総司令部(GHQ)の民間情報教育部門(CIE)の長として着任した、ラルフ・E・ライト中尉の援助のもと[3]、博物館として整備した。美術工芸品や考古資料等を展示している。運営主体は一般財団法人北方文化博物館。理事長は八代目伊藤文吉逝去[4]後、伊藤家南浜分家当主伊藤勝也(新潟分館館長)が就任。

Japanese Map symbol (Museum) w.svg 北方文化博物館
施設情報
管理運営 一般財団法人北方文化博物館
所在地 950-020
新潟県新潟市江南区沢海2-15-25
位置 北緯37度49分46.62秒 東経139度9分7.73秒 / 北緯37.8296167度 東経139.1521472度 / 37.8296167; 139.1521472座標: 北緯37度49分46.62秒 東経139度9分7.73秒 / 北緯37.8296167度 東経139.1521472度 / 37.8296167; 139.1521472
外部リンク hoppou-bunka.com
プロジェクト:GLAM
大広間より庭園をみる
大広間の南面座敷
館内にある水田と刈羽の民家(江戸時代)

分館として新潟市中央区南浜通に会津八一が晩年を過ごした新潟分館[5]新発田市大栄町に新発田藩下屋敷であった清水園(しみずえん)がある[6]

目次

文化財編集

重要文化財(国指定)編集

  • 雪村友梅墨跡(梅花詩)[7] - 鎌倉時代の作品と言われる。1960年6月9日重文指定[8]
  • 旧新発田藩足軽長屋[8] - 新発田市諏訪町3丁目3番3号に所在 北方文化博物館が所有。1969年12月18日重文指定[8]

登録有形文化財編集

2000年4月28日、主屋をはじめとした主要建造物計26件について、国の登録有形文化財に登録された。主要建物は1882年(明治15年)から1889年(明治22年)の建立である。なお新潟分館についても、主屋等計7件について同日登録されている。

(本館)

  • 主屋
  • 大広間
  • 内土蔵
  • 湯殿
  • 銅門及び塀
  • 新座敷
  • 三楽亭
  • 佐渡看亭
  • いはのや
  • 積翠庵・是空軒
  • 帳庫
  • 土蔵門
  • 門土蔵
  • 井戸小屋
  • 集古館
  • 旧作業場
  • 大工場
  • 店蔵
  • 味噌蔵
  • 刈羽民家
  • 吉ヶ平民家
  • 常盤荘
  • 大呂庵
  • 東蔵
  • 米蔵

(新潟分館)

  • 主屋
  • 洋館
  • 茶室
  • 待合
  • 土蔵
  • 表門
  • 煉瓦塀

国の名勝編集

  • 新発田藩下屋敷(清水谷御殿)庭園(新発田市所在)

脚注編集

  1. ^ 神田 2018, p. 120-122.
  2. ^ 神田 2018, p. 120.
  3. ^ 神田 2018, p. 123.
  4. ^ 神田 2018, p. 185.
  5. ^ 新潟市:北方文化博物館・新潟分館(本館ではありません)”. hoppou-bunka.com. 2019年5月26日閲覧。
  6. ^ 新潟県 新発田市 清水園”. hoppou-bunka.com. 2019年5月26日閲覧。
  7. ^ 雪村友梅墨跡梅花詩|ニイガタカラ.Net”. www.city.niigata.jp. 2019年5月26日閲覧。
  8. ^ a b c 旧新発田藩足軽長屋 文化遺産オンライン”. bunka.nii.ac.jp. 2019年5月26日閲覧。

参考文献編集

  • 神田勝朗 『北方文化博物館と沢海の風景』 一般財団法人 北方文化博物館、2018年。 

外部リンク編集