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千葉 勝五郎(ちば かつごろう、天保4年(1833年) - 明治36年(1903年4月13日)は、日本の実業家。歌舞伎座開設に関わったことで知られる。通称千葉勝。

信濃国伊那郡中沢村(現・駒ヶ根市)生まれ。15歳の頃に江戸へ出て浅草の金貸し[1]千葉常五郎のもとで働き、後に養子になった。新富座、市村座などの経営にも関わり、1889年明治22年)の歌舞伎座開場に際して、福地源一郎と共に経営者(相座主)となった。翌年、福地の借金により興行収入が差し押さえられるというトラブルが起こり、千葉が単独で座主となった。興行の相談役を田村成義が務めた。

興行には不入りもあったため、千葉は経営から手を引くことになり、1896年(明治29年)、歌舞伎座株式会社が設立された(同郷の皆川四郎が社長に就任)。

明治36年の死去後、養子が勝五郎の名を継いだ。

脚注編集

  1. ^ 京橋秋田藩士とも

出典編集

  • 『大人名事典』平凡社 1953年