皆見栄伽
皆見栄伽(みなみ ひさと)=南柱根(みなみ ちゅうこん)=松本桂治(まつもと かつじ・本名)は日本の脚本家、映画監督。日本シナリオ作家協会会員。
人物
編集昭和36年(1961年)、京都市北区、大徳寺すぐそばの紫野で在日朝鮮人2.5世(父は一世、母は二世)として生まれる。5歳を目前に家族で東京へ移住、以降成人するまで府中市で育つ。その後国立市、立川市、八王子市と多摩地区一筋に在住。現在も八王子市に在住。
府中市に住んでいた小学校1年時に世に名高い「三億円事件」発生。当時母親が東芝府中工場に勤めており、「ボーナスが盗まれてしもた!」の声でテレビニュースより先に事件の第一報を聞く。
小学校より立川市の民族学校に通い、常に成績は全校トップであったものの、「こんな教育、こんな環境にいてはダメだ」との家族の声もあり、日本の普通高校を受験する道を選ぶが、目指す高校のレベルには到底達せず、中学浪人の道を選ぶ。
そして翌年早稲田実業学校高等部商業科に合格。早稲田実業に入学したことが後々の人生において、主に人的な部分で大きな財産となる。
1981年、早稲田大学第一文学部に同校より推薦入学、1986年同学部文芸専修卒業。
卒業後、当時は朝鮮籍では一般会社に就職することは難しかったこともあり(註:本人はそれを「差別された」とは微塵も思っていない)、大学卒業前より関わっていた映画の世界に飛び込む。その後フリーの助監督として、主に神山征二郎、降旗康男、蔵原惟繕、工藤栄一、市川崑、大林宣彦ら日本映画を代表する監督たちに師事、演出畑一筋に修行を積む。
中でも神山征二郎、大林宣彦両監督の多くの作品に関わり、神山監督からは地に足をつけた真摯な演出を、大林監督からは言葉を大事にする作家性と映像のリズムとはなにかを学ぶ。
1996年、日本人女性と結婚、97年長女が生まれたことを機に、また長らく「近くて遠い国」として、自分の中で多分に美化されていた韓国という国に、合作映画を通じて実際に渡航して、更に韓国人と直に接してみて感じたギャップと違和感から、自らの国籍の問題を真剣に考え始める。
やがて「自分にとって日本という国に生まれたことがなによりの幸運であった。また、口癖のように言われるような『差別』を受けたこともない。なによりも自分はこの国土と人、文化を愛している。また未来永劫朝鮮半島の国家に帰属する意思は無く、子どもたちも日本人として生きて欲しい」ということを自覚する。
2001年、日本国籍取得を申請、2002年日本国籍取得、姓を妻の姓、松本に変更(名前、桂治=かつじは幼少時からの通名勝治の漢字変更)。ただし映画界では『南柱根』のまま仕事を続ける。
1998年、テレビ朝日土曜ワイド劇場20周年特別企画『三毛猫ホームズの黄昏ホテル』(大林宣彦監督)で脚本デビュー。2001年『なごり雪』(大林宣彦監督)で劇映画用脚本を初執筆。2014年、長編劇映画「空と海のあいだ」(2015春宮崎公開、2017春全国公開)を初監督。監督としては遅いデビューであったが本人はこれは必然であり最良の結果だと思っている。
死ぬまで現場に立つ、ということが本人の目標。
2021年7月、還暦を迎えたことを機に心機一転若い気持ちで新しいことに挑戦してゆくという気持ちを込めて、屋号を皆見栄伽(みなみひさと)に変更。