名島水上飛行場(なじますいじょうひこうじょう)は、福岡県糟屋郡多々良村名島の多々良川河口付近(現在の福岡市東区名島1-1)にあった水上機専用の水上飛行場

名島水上飛行場
福岡飛行場(水上機専用)
Najima Seaplane Station 1945-06-06.jpg
米軍が1945年6月6日に撮影した航空写真。右側にOld Najima S/S[注釈 1]が存在する。左側が福岡第一飛行場
IATA: - - ICAO: -
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 福岡県糟屋郡多々良村名島(現・福岡市東区名島1-1)
種類 民間・水上飛行場
運営者 逓信省航空局
開設 1930年(昭和5年)3月
閉鎖 1934年(昭和9年)
座標 北緯33度38分51.1秒 東経130度25分28.8秒 / 北緯33.647528度 東経130.424667度 / 33.647528; 130.424667座標: 北緯33度38分51.1秒 東経130度25分28.8秒 / 北緯33.647528度 東経130.424667度 / 33.647528; 130.424667
地図
空港の位置
空港の位置
名島水上飛行場
空港の位置
空港の位置
名島水上飛行場
空港の位置
滑走路
方向 長さ (m) 表面
? ? 水面
位置は米軍航空写真より。
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概要編集

 
リンドバーグ夫妻が来訪時に搭乗していたシリウス号

逓信省航空局により1930年(昭和5年)3月に設置された。名島水上飛行場は通称名であり、正式名称は「福岡飛行場(水上機専用)」である[1]。陸地 7500 坪、格納庫 900 坪、簡易修理設備、燃料類、電信・電話、無線電信を常備。重量10トンまでの陸揚げ用クレーン 2 基を備えていた[1]。福岡無線電信局 (呼出符号 JXF) を併設[2]日本航空輸送大阪中国朝鮮台湾方面への航空路を開設した。

1931年(昭和6年)9月17日には世界一周中のリンドバーグ夫妻を乗せたシリウス号が来訪した。

水上機専用のため使い勝手が悪く、1934年(昭和9年)に閉鎖された[3]。格納庫2棟は1936年に開設された福岡第一飛行場に移設された。

現在編集

2021年現在、跡地は完全に埋め立てられ住宅地となり、記念碑(「名島水上飛行場跡の碑」福岡市東区名島1-1-24) のみが残る。資料記載の所在地は東経130度26分、北緯33度39分[1] 実際の位置は東経130度25分29秒、北緯33度38分52秒付近。

2007年平成19年)、名島校区自治協議会にによって名島周辺の古い道路・史跡へ通じる道路の愛称が公募された。その結果、水上飛行場跡を囲む道路が「リンドバーグ通り」、名島橋東交差点から水上飛行場跡に至る道路が「飛行場通」と名付けられている[4]

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 「旧名島水上飛行場」の意。S/SはSeaplane Stationの略。

出典編集

  1. ^ a b c 航空年鑑 昭和5年7月、出版者 帝国飛行協会、P205、「各國民間飛行場槪觀」
  2. ^ 航空年鑑 昭和10年、出版者 帝国飛行協会、P306、「本邦航空無線電信局」
  3. ^ 東区歴史街道を往く Vol.2 - 福岡市 (PDF)
  4. ^ さんぽ会《名島グループ》. “ロマンを伝える31のストリート物語 名島・多々良 名島・松崎地区歴史ガイドマップ (PDF)”. 2021年8月30日閲覧。

出典・参考文献編集

関連項目編集

  • 名島橋:当飛行場への道路整備の一環として架橋された。