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国分健二(こくぶ けんじ、本名:国分謙治。1949年10月5日 - )は大阪府大阪市出身の漫談家。落語芸術協会所属。 出囃子浪花小唄から現在は高校三年生に変更されている。初舞台は1970年12月の浮世亭ケンボー・ヒロボーでデビュー

目次

経歴編集

  • 天王寺中学卒業後に、職を転々。
  • 1970年(昭和45年)12月 曽我廼家明蝶主催の「明蝶学院」に入学し、浮世亭ケンボー・ヒロボーで新世界新花月で初舞台。師匠は浮世亭とん平松竹芸能に所属。
  • 1974年(昭和49年) 浮世亭ケンケン・てるてる結成。(島田紳助によれば、漫才ブームで浮上した「掛け合いを無視した突っ込みボケ」のスタイルを最初に演じたコンビ。国分はそのツッコミを担当。島田洋七B&B)もこのスタイルを参考にしたと語っている。)
  • 1975年(昭和50年) 角座で喜楽座旗揚げ。
  • 1976年(昭和51年) 元ザ・パンチャーズのメンバーで父がアメリカ人の小川ジョージと浮世亭ジョージ・ケンジを結成。上方漫才コンテスト優秀話術賞を受賞。
  • 1983年(昭和58年)10月 島田洋七の誘いを受け上京。
  • 1990年(平成2年)1月 落語芸術協会に入会。島田洋七と新コンビ・スティング(のち4代目B&B)を結成。
  • 現在は都内の寄席定席(落語芸術協会)に定期的に出演している。

コンビ遍歴・改名歴編集

漫才コンビ遍歴

  • 1. 浮世亭ケンボー(コンビ名/浮世亭ケンボー・ヒロボー) - 1970年結成、1972年頃解散。
  • 2. 奈和けんじ(コンビ名/スカイせつ子[注釈 1]・けん児) - 1972年頃結成、解散時期不明。
  • 3. 浮世亭ケンケン(コンビ名/浮世亭ケンケン・てるてる[注釈 2])。 - 1974年結成、1975年2月頃解散。
  • 4. 浮世亭ケンジ(コンビ名/浮世亭ジョージ[注釈 3]・ケンジ)。 - 1976年7月結成、1978年解散。
ヒット'76〜'79等のレギュラー出演番組もあったが、相方への不満(自分だけネタを考える)が募りケンジが失踪[1]。解散についての記事は週刊明星1978年第15号に掲載されている。
  • 5. 国分健二(コンビ名/スティング → B&B【4代目】) - 1983年結成、解散時期不明。

ピン芸人遍歴

  • こくぶけん - 以降ピン芸人として活動。
  • 若倉健高倉健のものまね主体。
  • 国分健二

受賞歴編集

浮世亭ジョージ・ケンジ時代

出演作品編集

映画編集

2009年(平成21年)4月11日九州先行上映、4月25日全国公開
(配給:九州シネマ・エンタープライズ)
工藤(大工)役

舞台編集

2010年(平成22年)
5月3日 - 5月27日(博多座
2011年(平成23年)
8月4日 - 8月11日(中日劇場・再演)
8月19日 - 8月21日(浅草公会堂
9月4日(金沢・本多の森ホール
10月2日 - 10月9日(新歌舞伎座) 
篠田(泥棒)役

レコード編集

・人生オモロイで(B&B【国分健二・島田洋七】)/同カラオケ(コロムビア)(1985年8月)  作詞:鳥井実 作曲:松浦孝之 編曲:池田孝春 

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 後の「奈和せつ子・フレッシュ花子」の奈和せつ子。
  2. ^ 元「鳳キング・エース」の鳳エース。
  3. ^ 後の「ジョージ・シロー」・「ザ・USA」・「浮世亭三吾・ジョージ」「浮世亭ジョージ・ショージ」。

参考文献編集

  • 「現代上方演芸人名鑑」(少年社、相羽秋夫、1980年)

外部リンク編集