土井 利庸(どい としつね)は、三河西尾藩の第3代藩主。刈谷藩土井家3代。

 
土井 利庸
時代 江戸時代中期
生誕 元禄16年11月21日1703年12月29日[1]
死没 享保19年4月20日1734年5月22日
改名 安三郎(幼名)、利庸
別名 利計(別名)
戒名 浄覚院殿前淡州刺史體誉顕照善立居士
墓所 東京都台東区浅草の誓願寺
官位 従五位下、淡路
幕府 江戸幕府
三河国西尾藩
氏族 三浦氏土井氏
父母 父:三浦便次、母:酒井忠稠の娘
養父:土井利意
正室:本多忠直の娘
利信松平忠宜、豊(大久保教起正室)
テンプレートを表示

元禄16年(1703年)、三浦便次の四男[2]として生まれる。正徳3年(1713年)12月27日に第2代藩主土井利意の養子となる。享保2年(1717年)に従五位下・淡路守に叙位・任官する。享保9年(1724年)、利意の死去により家督を継ぐ。

享保17年(1732年)の享保の大飢饉で米価が高騰し、餓死者も出ると、年貢を減免するなどの救済措置をとっている。享保19年(1734年)4月20日に死去した。享年32。跡を長男の利信が継いだ。

脚注編集

  1. ^ 系図家譜』(愛知県図書館蔵)
  2. ^ 『系図家譜』では六男とされる。