塚原 晢夫[注釈 1](つかはら せつお、1921年3月15日 - 1978年12月10日)は、日本の作曲家

概要 編集

日本統治時代の朝鮮京城府(現在のソウル特別市)出身。作曲を池内友次郎信時潔橋本国彦アーロン・コープランドに、指揮を金子登斉藤秀雄に師事。1951年にNHK音楽コンクール作曲の部で交響組曲「異国の踊り子」が1位となる。1964年には交響絵巻「くもの糸」でイタリア放送協会賞を受賞した。

1953年にツカハラ・オーケストラ・シンフォニックを結成。ミュージカル、ラジオ、テレビ、映画音楽等の分野で広く活動した。1972年には朝日ジュニアオーケストラ(現在のジュニア・フィルハーモニック・オーケストラ[1]を結成、青少年の指導に尽力する。[2]ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラのリハーサル(練習していたのはベートーヴェン交響曲第九番であったという)中に倒れ、急逝した。[1]

主な作品 編集

オーケストラ作品 編集

  • 交響組曲「異国の踊り子」(1951)
  • 組曲「死の島・歓喜の島」(1953)
  • チェロとオーケストラのためのエクスタシー(1957)
  • ピアノ協奏曲(1958)
  • 交響曲第一番「神話」(1961)
  • 交響絵巻「くもの糸」(1964)

室内楽 編集

  • 弦楽トリオ(1943)
  • ピアノ・トリオ(1944)
  • 室内管弦楽(1962)

吹奏楽作品 編集

  • 吹奏楽のための幻想曲「移り気な五度のムード」(1968年全日本吹奏楽コンクール課題曲)
  • 太陽のマーチ(1969)
  • ファンファーレ「華美」(1968)
  • ファンファーレ「威厳」(1968)
  • オリンピック・TBSのための(1968)

音楽担当作品 編集

映画音楽 編集

テレビアニメ 編集

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 名前の「晢(せつ)」の字がしばしば「哲(てつ)」と誤記されている。日本画家の塚原哲夫とは別人である。

出典 編集

  1. ^ a b プロフィール|ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラ”. 2020年5月15日閲覧。
  2. ^ Nihon no sakkyokuka to suisogaku no sekai.. Fukuda, Shigeru., 福田, 滋. Yamahamyujikkumedia. (2012.2). ISBN 978-4-636-87085-5. OCLC 816877105. https://www.worldcat.org/oclc/816877105 
  3. ^ 少年姿三四郎 第一部山岳の決闘 第二部大川端の決闘 : 作品情報”. 映画.com. 2020年5月15日閲覧。
  4. ^ 中山七里 : 作品情報”. 映画.com. 2020年5月15日閲覧。

外部リンク 編集