大沢 尚親(おおさわ なおちか、1624年 - 1681年6月5日)は、江戸時代前期の旗本

 
大沢尚親
時代 江戸時代前期
生誕 寛永元年(1624年
死没 延宝9年4月19日1681年6月5日
官位 左近将監
幕府 江戸幕府 高家旗本
主君 徳川家光家綱
氏族 持明院家庶流大沢氏
父母 父:大沢基重
兄弟 基将尚親基哲土方勝次室、
中野弘吉室、松平乗延[1]
正室:松平忠明
基明山名豊有
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略歴編集

寛永元年(1624年)、高家旗本遠州堀江領2500石の領主である大沢基重の次男として誕生した。

3代将軍・徳川家光小姓として仕え、子で4代将軍・徳川家綱の代には中奥に仕えた。

延宝9年(1681年)4月19日、死去。享年58。

系譜編集

脚注編集

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