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宇和川村(うわがわむら)は、愛媛県喜多郡にあった。現在の大洲市の南東部、肱川小田川の合流点の上流にあたる。

うわがわむら
宇和川村
廃止日 1943年4月29日
廃止理由 新設合併
河辺村宇和川村大谷村肱川村
現在の自治体 大洲市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 愛媛県
喜多郡
総人口 2,366
国勢調査1940年
隣接自治体 河辺村、大谷村、大川村天神村御祓村
宇和川村役場
所在地 愛媛県喜多郡宇和川村大字宇和川
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目次

地理編集

  • 山岳 : 大迫山、京の森、愛の森
  • 河川 : 肱川小田川、小薮川

歴史編集

人口編集

1910年の戸数・人口は570・2616[1]

経済編集

産業編集

農業

『大日本篤農家名鑑』によれば、宇和川村の篤農家は「福山安逸」のみである[2]

企業
  • 合資会社谷本商店[3]
本店又は主な事務所所在地・宇和川村大字名荷谷。主な業務・類販売業[3]。代表者・谷本猪三郎[3][4]

地域編集

健康編集

医師
1888年[4]
  • 河内壽愛(歯科医)[4]
  • 鎌田満作[6] - 京都醫校の出であり、推されて村長となる[6]
  • 山田庄太郎[4][5]
1893年[4]

名所編集

出身・ゆかりのある人物編集

  • 沖田荒吉(政治家)[4]
1874年[4]。宮本猪之吉の兄[4]1906年11月、村会議員となる[4]1907年10月、郡会議員となる[4]
  • 金田長三郎(農業、政治家)[4]
1878年[4]1918年1月、村会議員となる[4]
  • 黒田隆男(農業兼雑貨商、政治家)[4]
1887年[4]1916年4月、中居谷区長となる[4]1920年1月、村会議員となる[4]
1867年[4]1908年1月、村会議員となる[4]
  • 櫻田要(農業)[4]
1895年[4]。源七の男[4]
  • 櫻田勘十郎(農業、政治家)[4]
1889年[4]1916年、宇和川村衛生組合長となる[4]1922年、宇和川村会議員となる[4]
  • 谷本清太郎(酒造業、政治家)[4]
1877年[4]1915年3月、村会議員に当選[4]1921年より豫州醸造取締役に就任[4]
  • 永田茂三郎(農業、政治家)[4]
1883年[4]1908年、中居谷区長となる[4]1914年1月、村会議員に当選[4]
  • 福山安逸[2](政治家) - 元村長で、小藪鉱泉の経営者[6]
  • 宮本猪之吉(農業)[4]
1876年[4]。村収入役、村農会長、農事督励委員を歴任[4]
1851年[4]

脚注編集

  1. ^ 『愛媛県喜多郡統計書 明治43年』10頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年6月29日閲覧。
  2. ^ a b 『大日本篤農家名鑑』100頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月17日閲覧。
  3. ^ a b c 『愛媛県会社並ニ工場通覧 昭和10年12月末日現在』28頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月19日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao 『愛媛県人物名鑑 第2輯 喜多郡、上浮穴郡、伊予郡之部』喜多郡うの部69-70、をの部35、かの部39・43、くの部74-75、さの部112、たの部53、なの部64、みの部126、やの部83、わの部37頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年12月26日閲覧。
  5. ^ a b 『大日本医師名簿』403頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月18日閲覧。
  6. ^ a b c 『喜多郡の華 附・上浮穴郡小田郷』78頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月17日閲覧。

参考文献編集

  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 愛媛県喜多郡編『愛媛県喜多郡統計書 明治43年』喜多郡、1912年。
  • 小川薫水編『喜多郡の華 附・上浮穴郡小田郷』小川寳文館、1914年。
  • 『愛媛県人物名鑑 第2輯 喜多郡、上浮穴郡、伊予郡之部』海南新聞社、1923-1924年。
  • 高崎雅雄編『大日本医師名簿』光明社、1925年。
  • 愛媛県総務部統計課編『愛媛県会社並ニ工場通覧 昭和10年12月末日現在』愛媛県総務部統計課、1936年。
  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編『角川日本地名大辞典 38 愛媛県』角川書店、1981年。

関連項目編集