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宮後城(みやうしろじょう)は、尾張国丹羽郡宮後村(現在の愛知県江南市)にあった日本の城。「蜂須賀屋敷」、「小六屋敷」などとも呼ばれる。

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宮後城
愛知県
蜂須賀家政生誕地碑
蜂須賀家政生誕地碑
城郭構造 平城
築城主 安井氏
築城年 応永年間(1394年 - 1428年)
主な城主 安井重継
蜂須賀正勝
廃城年 不明
跡地には解説板と蜂須賀桜

歴史編集

築城年は不明であるが、応永年間(1394年 - 1428年)に安井氏が居城していたとされる。

戦国時代には、安井重幸の息子・安井重継が居城していた。重継の姉・安井御前は、夫・蜂須賀正利とともに居城していた蜂須賀城織田信秀との対立により土地を奪われてしまったため、長男の蜂須賀正勝とともに宮後城へ移り住んだ。正勝の長男・蜂須賀家政(後の阿波徳島藩祖)は、この地で生まれたとされる[1]

その後、天正12年(1584年)、小牧・長久手の戦い羽柴秀吉の砦として修築されたが、和睦後に破却された。

南にある宮後八幡社は築城時に守護として創建され、現在の社殿は寛永元年(1624年)9月徳島城主となった蜂須賀家政が再建したものである。その他、境内には宮後城の塁壁も残る。

 
宮後八幡社本殿
 
宮後八幡社に残る当時の石垣

脚注編集

  1. ^ 蜂須賀家政公誕生之地の石碑が建つ。

参考文献編集