家族制度(かぞくせいど)とは、家族の在り方を、慣習などの規範によって規定したものを指す。フリードリヒ・エンゲルスが「家族・私有財産・国家の起源」で明らかにしたように、財産職業などを世襲する目的で制定されたものが多い。

概要編集

中国・朝鮮半島の家族制度編集

中国や朝鮮半島の家族制度は、父系の子孫の存続を目的とする。祖霊信仰が盛んに行なわれ、その人の父系で血のつながった子孫がいなければ祖霊信仰をやっても祖霊があの世で祭祀を受け取ることができないからである。女性は、結婚しても元の一族という外部の者と規定され、その子孫の一族には所属しないため、一族の姓を名乗ることが禁止されていた。そのため、家の中で妻等のみ日本でいう旧姓を名乗らされた[1]。また、祖霊信仰を絶やせば、祖霊から祟られる恐れがあるとして、ある王朝を滅ぼしても、その王室の祖霊信仰を行なう最小限の子孫を残すことが行なわれた。

日本編集

江戸時代以前の日本では、儒教の影響が強い中国大陸国家朝鮮半島国家よりは家族制度が緩やかであったこれらの国ほどでも無かったものの、強固な家族制度を有するのは、武家公家に限られ、同じように妻を外の者と考え、夫婦別姓であった。町民や農民らは裕福や有力な一部を除いて、姓を持たず、姓を持つ彼らは夫婦同姓であった。これらは明治3年9月に町民や農民ら平民らに姓を名乗ることが解禁されたあとに、彼らの一部が既にしていた夫婦同姓文化が支持された。明治政府が武家や公家の文化を重視し、明治9年に夫婦別姓を義務化したが、国民の多数に共に暮らす夫婦の姓が異なることに違和感を覚えた者が多かったために支持されずに夫婦同姓が慣習化した。諦めた明治政府が明治31年に夫婦同姓義務化に転換する背景にもなった[2]

明治時代に近代法体系を整備する過程で、明治以前から庶民ももともと男系、特に長男重視の伝統を持っていたが、法的も男系重視の家族制度(家制度)採り入れられた。旧・民法下の家制度では、男系の子孫を存続させることを目的とし、母親よりも長男地位が高かった 第二次世界大戦後に制定された日本国憲法では、結婚の在り方を「両性の合意のみに基づき」と規定し、男系の子孫の存続を目的とした家制度を否定した[3]

参考文献編集

  • 「家族」(現代書館、1985年(昭和60年)) 

関連項目編集

脚注編集

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  1. ^ 「先祖祭祀と家の確立: 「半檀家」から一家一寺へ 」p23、森本一彦 · 2006年
  2. ^ 「先祖祭祀と家の確立: 「半檀家」から一家一寺へ 」p18、森本一彦 · 2006年
  3. ^ 「先祖祭祀と家の確立: 「半檀家」から一家一寺へ 」p23、森本一彦 · 2006年