小笠原持長 (京都小笠原氏)

1384-1458, 室町時代中期の有職故実家


小笠原 持長(おがさわら もちなが)は、室町時代中期の室町幕府幕臣(奉公衆)、有職故実家。小笠原流弓馬故実の基礎を築いた人物である。

 
小笠原 持長
時代 室町時代
生誕 元中元年/至徳元年(1384年
死没 長禄2年(1458年))
別名 又六(通称)、浄元(法名)
官位 民部少輔備前守
幕府 室町幕府
主君 足利将軍家
氏族 小笠原氏
父母 父:満長、母:不詳
兄弟 教長
持清元長
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室町幕府の近習にあり、応永30年(1423年)に幕府的始の騎手を務め、永享2年(1430年)には6代将軍足利義教の「御弓師」(弓術師範)となっている。歌道に通じ、清巌正徹の『草根集』などにも名が見える。

長禄2年(1458年)没、享年75。

著書編集

「騎射秘抄」、「射礼私記」、「射御拾遺集」、「笠懸日記」等。

参考文献編集