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屋部村(やぶそん)は1946年 - 1970年琉球政府(現在の沖縄県国頭郡にあったで、現在の名護市西部にあたる。現在は屋部地域(屋部支所管内)として名護市の一部に位置づけられている。

屋部村
廃止日 1970年8月1日
廃止理由 新設合併
屋部村・名護町久志村羽地村屋我地村名護市
現在の自治体 名護市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 九州地方沖縄地方
都道府県 沖縄県
国頭郡
隣接自治体 名護町羽地村本部町今帰仁村
屋部村役場
所在地 905-0007
沖縄県名護市字屋部44
外部リンク 名護市市民福祉部屋部支所
特記事項 施行・廃止当時いずれも琉球政府アメリカ軍施政権下)
村役場のデータは現在の名護市屋部支所のもの
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1946年に当時の名護町から分離し誕生、1970年に名護町・羽地村久志村屋我地村と合併し名護市となり消滅。村役所は字屋部に置かれた。

沿革編集

この地域はもともと名護間切、1908年の島嶼町村制施行で名護村、1924年に名護町の一部だったが、多くが犠牲になった沖縄戦の戦後復興をいち早く進めるため、1946年5月20日に名護町から分離、屋部村が誕生した。

主な産業は農業だが、西部の山入端・安和が採石場だったためセメント工場が何ヶ所か設置された。

沖縄本島北部の中核としての機能を強化するため、1970年8月1日に名護町・羽地村・久志村・屋我地村と合併、名護市となり消滅した。村役所は名護市屋部支所となった。

地域編集

  • 旭川(あさひかわ)
  • 安和(あわ)
  • 宇茂佐(うむさ)
    2011年に一部が宇茂佐の森となる)
  • 勝山(かつやま)
  • 中山(なかやま)
  • 屋部(やぶ)
  • 山入端(やまのは)

隣接していた町村編集

自然編集

現在の名護市屋部地域編集

合併後、市街地に近い宇茂佐を中心にベッドタウン化が進み、旧名護町域の為又や大北、宮里と合わせて多くの住宅が建設され、人口が増加した。1990年代前半に名桜大学や北部看護学校が為又に開学・開校すると学生向けの住宅も建ち始め、一気に街は大きく変貌した。しかしその他の集落では海岸に近い国道449号沿いに住宅が集中しているだけで、内陸には住宅が少ない。

道路も1975年海洋博覧会開催決定後は本部町の会場へのアクセス道路となる本部循環線(現在の国道449号)と現在の県道84号が整備された。特に内陸を通る県道84号はかつての山道から現在では博覧会会場跡である海洋博公園への観光アクセス道路として大きく変貌した。宇茂佐を過ぎると住宅は一気に少なくなるが、パイナップル畑や隣接する本部町伊豆味では温州みかんシークヮーサーの産地であることから土産品店や露店が多い。また、日本一早い(カンヒザクラ)の名所である本部町の八重岳にも近く、満開になると沿線にまで桜色に染まるようになる。一方、海岸沿いを通る国道449号(本部循環線)は本部町に近い安和や山入端に採石場やセメント工場があり、そこから出入りするダンプカーは集落を通らずにバイパスを利用して欲しいという地区からの再三の嘆願があるにも関わらず、集落内を早朝より行き来するダンプカーが多く、道路状況はあまりよくない。現在、同国道では名護バイパスや本部東道路が建設されている。

交通編集

道路

路線バス

琉球バス交通沖縄バスが共同運行という形で運行している

  • 65番&66番・本部半島線 国道449号を通る路線(65番は本部方面、66番は名護市街方面)、1時間に1〜2本運行
  • 70番・備瀬線 県道84号を通る路線、1日に4〜5本運行(但し夜の運行はない)
  • 76番・瀬底線 県道84号を通る路線、朝と夜の2本のみ

学校編集

主要施設編集