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山口 裕子(やまぐち ゆうこ、1955年10月24日[1] - )は、高知県高知市出身のキャラクターデザイナー。第3代ハローキティデザイナー[2][3]サンリオ所属。サンリオでの役職は取締役キャラクター制作部長。本名は崎山裕子[4]

来歴編集

中学2年生のとき、美術の先生に美大進学を勧められ、高校に入ると同時にデッサン教室に通い始める。高校3年生のとき、「HOW ABOUT MILK?」という猫の絵で高知県の県展の褒状を受賞。女子美術大学に合格し、大学進学のために上京する。1978年、女子美術大学芸術学部産業デザイン科デザイン専攻卒業。

1978年、サンリオに入社。1980年、ハローキティの3代目デザイナーに就任する[3]。本人によれば、最初はキティはあまり好きではなく、キキとララのほうが好きだったという。

1970年代年代末期から1980年代初頭にかけてのキティの人気低迷を打破すべく、徹底した顧客リサーチを行い、得られた意見に基づいた修正を繰り返した。[5] 初期キティのくっきりとした黒い輪郭線を無くし[6]、ファッションに合わせて頭身を変化させる[7]など、世相と流行を敏感にキャッチして取り入れることで人気の維持に努めた。

1983年のテディベアブームに乗って描いた「テディベアを抱いたキティ」の絵から派生させる形で、キティの関連キャラクターとして展開させた「タイニーチャム」の国内外での大ヒットを機に、キティ人気は急速に向上していった。[8]

1999年にはキティのボーイフレンド「ディアダニエル」、2004年にはキティのペット「チャーミーキティ」というキャラクターを生み出し、キャラの設定を膨らませた。

またハローキティのみならず、他のキャラクターのプロデューサーとしても活躍している。たとえばセガトイズと共同開発した「ジュエルペット」のプロデューサーを担当している[9][10]テレビ朝日のマスコットキャラクターである「ゴーちゃん。」も開発・デザインした。

2012年6月、高知県の観光特使に委嘱されている。

2012年8月に、サンリオピューロランドの新アトラクションオープン記念チャリティーイベントとして「KITTYROBOT展]が表参道ヒルズで開催。アトラクションのモチーフであるキティ型ロボットを著名人、人気ブランドがデザインした120点が一堂に展示された。すべてのキティロボットがチャリティーオークションとなる。

ハローキティのファンである世界的な著名人が来日する際には[いつ?]、必ず一点もののハローキティのぬいぐるみをプレゼントしている。レディー・ガガ来日の際には、彼女の来日時のスタイリング(虹色のヘアスタイルや、グリーンのコートなど)を早急に模したハローキティのぬいぐるみをプレゼントし、話題を呼んだ。


メディア出演編集

関連書籍編集

脚注編集

  1. ^ プロフィール 山口裕子、ココセレブ(2012年7月19日閲覧)
  2. ^ 「巻頭大特集 サンリオが大好き!」『月刊モエ』通巻438号(2016年4月号)、白泉社、2016年3月3日、 69-75頁。
  3. ^ a b 清水美知子 2009, pp. 106-107
  4. ^ 「フォーカス 『ハローキティ』デザイナー 山口 裕子氏」『日本経済新聞』2004年8月17日付夕刊、5頁。
  5. ^ ほぼ日刊イトイ新聞 HOBONICHI HARAMAKI × Hello Kitty コラボ記念 山口裕子さん特別インタビュー「みんなだいすきキティちゃんが「うれないこだった」なんて。」第3回より
  6. ^ ハローキティ3代目デザイナー、サンリオ取締役・山口裕子(やまぐちゆうこ)さん 世界的キャラの「育ての親」(1/3) - フロントランナーセレクション - ひと - [どらく]
  7. ^ ハローキティに見るキャラクタービジネスの極意---多様なコラボと柔軟なデザイン戦略で新市場を開拓 | MediaSabor メディアサボール
  8. ^ ほぼ日刊イトイ新聞 HOBONICHI HARAMAKI × Hello Kitty コラボ記念 山口裕子さん特別インタビュー「みんなだいすきキティちゃんが「うれないこだった」なんて。」第3回より
  9. ^ ジュエルペット映画版で芦田愛菜がお菓子の国のプリンセスに!、MOVIE Collection[ムビコレ]、2012年4月2日
  10. ^ 国民的アイドル、キティちゃんに恋人は存在するのか!サンリオキャラクタープロフィールに込められた思いとは?(シネマトゥデイ) - MOVIE ENTER~映画情報サイト - livedoor ニュース

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集