山田 要一(やまだ よういち、1944年9月11日 - )は、福島県出身の元騎手・元調教師

来歴編集

中学卒業後の1960年中山競馬場・柴田恒治郎厩舎に騎手見習いとして入門。1965年に騎手免許を取得して同厩舎からデビューし、1971年に中山競馬場白井分場(のちに美浦トレーニングセンター)・小林勘治郎厩舎所属へ移籍。1979年に現役を引退し、同厩舎の調教助手に転身。騎手成績は中央競馬通算1616戦122勝。1980年に美浦・仲住芳雄厩舎へ移籍し、1982年に調教師免許を取得。1983年に厩舎を開業し、3月12日に中山競馬場で管理馬が初出走してヤマノチャンプが7着となり、同馬は3月27日に中山競馬場で勝利を挙げ、管理馬がのべ5頭目で初勝利を挙げた。1990年12月6日テレビ東京賞3歳牝馬ステークスをブルーベイブリッジが制し、管理馬が重賞競走初勝利を挙げた。1996年5月8日に管理馬が地方競馬で初出走し、同日初勝利を挙げた。2008年、定年まで7年を残し、3月31日付で自主廃業する形で調教師を勇退した。最後の管理馬の出走は3月29日にバブルビッグワンが15着となった。調教師成績は中央競馬通算3464戦191勝、地方競馬通算68戦4勝。

引退後は競馬予想会社の顧問となる。

おもな管理馬編集

関連項目編集

外部リンク編集