平井千葉
平井 千葉（ひらい ちば、1873年〈明治6年〉11月11日[10][11] - 1937年〈昭和12年〉4月26日[12]）は、日本刀研磨を専門としていた日本の研師。本名、平井 葉太郎[13][11]。特に相州伝の研ぎを得意とし[12]、「刀剣研磨の聖人」[14]、「古今の名人」[15]、「刀剣界の至宝」[12]、「国宝的な研磨の名手」[16]などと称される。
| 平井 千葉 | |
|---|---|
| 誕生日 | 1873年11月11日 |
| 出生地 | 東京府東京市芝区 |
| 死没年 | 1937年4月26日（63歳没） |
| 死没地 | 東京府東京市芝区 |
| 国籍 |
 日本 |
| 子 | 本阿彌日洲（平井猛夫）[1] |
| 流派 | 本阿弥成重の研磨技法[2]（金肌拭い法[3]） |
| 芸術分野 | 日本刀研磨 |
| 教育 | 本阿弥琳雅（本阿弥成善） |
| 代表作 | 御物銘宗近[4]、国宝名物童子切、国宝名物大包平、国宝名物観世正宗、国宝名物庖丁正宗[5][6] |
| 会員選出組織 | 中央刀剣会役員[7] |
| 後援者 | 犬養毅、今村長賀、杉山茂丸、内田良平、高木復、榊原浩逸[8][9] |
| メモリアル | 日本美術刀剣保存協会現代刀職展「千葉賞」 |
| 影響を受けた 芸術家 | 本阿弥琳雅、本阿弥成重 |
| 影響を与えた 芸術家 | 本阿彌日洲 |
人物 編集
1873年（明治6年）、東京府東京市芝区（現在の東京都港区）の研師の家に56代目として生を受ける[10]。1876年（明治9年）の廃刀令で多くの研師が廃業を余儀なくされる中でも千葉の父は露月町で業を続けており、千葉も13歳ころまで同地で生活する[10]。14歳で軍刀研師の山田松兵衛に弟子入りするが[17]、本格的な日本刀研磨の技術を学ぶために2年ほどで本阿弥琳雅（本阿弥成善）の門弟となる[10][17]。
初期は師である琳雅譲りの落ち着いた細かい仕上げ方の研磨、中期から後期にかけては肌立ちつつも品の良い独自の研磨を得意とした[18]。研ぎの際には、琳雅から製法や用法を伝えられた本阿弥家の一子相伝の秘伝の薬[19]「瑠璃薬」を用いていたとされる[20]。琳雅流の仕上げに独自の技術を加えた研ぎは「平井研ぎ」と称されて一世を風靡し[21]、愛刀家や刀剣商も名刀であれば大金を投じてでも千葉に研いでもらうことを誇りとしたといわれる[16]。正宗による作の特徴の一つである「地景」は、近代の研師では千葉の技術によってはじめて現れるものであり、ほかの研師が研ぐことで消えてしまった事例もあったという[22]。当時千葉は、彼に次ぐ技術を持った者がいないほどの研ぎの名人だったことから、没後は国宝の刀を研ぎに出そうにも任せる者がいなくて困ったほどだった[23]。
山本悌二郎が会長を務めていた時期の中央刀剣会では、日本刀研磨および鑑定の権威として同会の役員に名を連ねている[7]。当時「鞘文」の二つ名で知られていた鞘師の斎藤文吉とは兄弟のように親しく、千葉の告別式では文吉が嗚咽している姿を本間順治（本間薫山）が目にしている[5]。
1937年4月26日、自宅にて心臓麻痺で急逝した[12]。同年4月30日、當光寺で告別式が執り行われ[12]、全国の愛刀家や刀剣関係者ら数千人が参列した[14]。
人間国宝の本阿彌日洲は、旧名を平井猛夫といい千葉の長男であったが、千葉の師である本阿弥琳雅の子に男性がいなかったことから同家の養子となった[1]。
日本美術刀剣保存協会が主催する現代刀職展では、研磨の部門にのみ存在する特賞の名称として、徳川将軍家の御用研師である木屋家と竹屋家にちなんだ「木屋賞」と「竹屋賞」に並んで、平井千葉の名に由来する[24]「千葉賞」が設けられている[25]。
脚注 編集
- ^ a b 本阿弥 1935, pp. 161–162
- ^ 平井 1934, p. 3
- ^ 本阿弥 1967, p. 3
- ^ 吉川 1964, p. 35
- ^ a b 本間 1968, p. 256
- ^ 山田 1964b, p. 241
- ^ a b 伊坂 1939, pp. 68–69
- ^ 平井 1934, pp. 3–4
- ^ 本間 1968, p. 253
- ^ a b c d 平井 1934, p. 1
- ^ a b 帝国秘密探偵社 1932
- ^ a b c d e 伝記学会 1937, p. 145
- ^ 天田 2004, p. 113
- ^ a b 堀川 1937, p. 40
- ^ 佐藤 1955, p. 56
- ^ a b 本阿弥 1937, p. 50
- ^ a b 山内 1937, p. 42
- ^ 本阿弥 1964, p. 21
- ^ 内田 1937, p. 38
- ^ 山本 1964, p. 16
- ^ 山田 1964a, p. 39
- ^ 松尾 1956, p. 19
- ^ 小泉 1938, p. 51
- ^ 刀剣博物館 [@NBTHK_MUSEUM] (2021年8月20日). "【展示紹介 研磨 鎬造の部】". X（旧Twitter）より2023年4月2日閲覧。
- ^ 日本美術刀剣保存協会 2022, p. 1
参考文献 編集
- 天田昭次『鉄と日本刀』慶友社、2004年。ISBN 4-87449-235-5。
- 伊坂誠之進『僕の見たる山本悌二郎先生』伊坂誠之進、1939年。doi:10.11501/1027212。
- 内田良平「噫研聖逝く」『日本刀及日本趣味』第2巻、第5号、中外新論社、37-39頁、1937年5月。doi:10.11501/1530846。
- 小泉親治『軍刀』東京水交社、1938年。doi:10.11501/1239142。
- 佐藤貫一『刀剣鑑定手帖』日本美術刀剣保存協会、1955年。doi:10.11501/2526810。
- 帝国秘密探偵社「ヒ之部」『大衆人事録』《タ-ワ之部》（第5(昭和7年)版）帝国秘密探偵社、1932年、22頁。doi:10.11501/1688500。
- 伝記学会「雑報」『伝記』第4巻、第6号、伝記学会、1937年6月。doi:10.11501/1486504。
- 日本美術刀剣保存協会 (2022-08-09) (PDF), 2022年現代刀職展研磨・白鞘・刀装・柄前・白銀の部結果, 日本美術刀剣保存協会 2023年4月2日閲覧。
- 平井千葉「研磨概説」『日本刀講座』 3(鍛錬篇・研磨篇)、雄山閣、1934年。doi:10.11501/1265846。
- 堀川直吉「編集後記」『日本刀及日本趣味』第2巻、第5号、中外新論社、1937年5月。doi:10.11501/1530846。
- 本阿弥光山『光山押形 乾』雄山閣、1967年。doi:10.11501/2512763。
- 本阿弥光遜「刀剣界縦横記」『日本刀剣の研究』 2巻、雄山閣、1935年、154-171頁。doi:10.11501/1213293。
- 本阿弥光遜「平井千葉氏を悼む」『日本刀及日本趣味』第2巻、第5号、中外新論社、50頁、1937年5月。doi:10.11501/1530846。
- 本阿弥光博「研磨雑録」『刀剣と歴史』第417巻、日本刀剣保存会、19-22頁、1964年1月。doi:10.11501/7901111。
- 本間順治「思い出の刀剣人」『日本刀全集』 9巻、徳間書店、1968年、250-266頁。doi:10.11501/2474932。
- 松尾三良「研磨と作刀」『鏨をたづねて』 1巻、備前鏨会、1956年。doi:10.11501/1729991。
- 山内豊景「弔辞」『日本刀及日本趣味』第2巻、第5号、中外新論社、41-42頁、1937年5月。doi:10.11501/1530846。
- 山田英「研磨の話」『刀剣と歴史』第417巻、日本刀剣保存会、37-41頁、1964a-1。doi:10.11501/7901111。
- 山田英『日本刀 : 本質美にもとづく研究』中央刀剣会、1964b。doi:10.11501/2505281。
- 山本天津也「薬品磨きについて」『刀剣と歴史』第417巻、日本刀剣保存会、16-18頁、1964年1月。doi:10.11501/7901111。
- 吉川恒次郎「研師の回顧」『刀剣と歴史』第417巻、日本刀剣保存会、30-36頁、1964年1月。doi:10.11501/7901111。