押媛

古代日本の皇族。孝安天皇の皇后。第6代天皇后。

押媛(おしひめ)は古代日本の人物。

押媛
第6代天皇后
皇后 孝安天皇26年2月14日
皇太后 孝霊天皇元年1月12日

氏族 和邇氏
父親 天足彦国押人命
配偶者 孝安天皇
子女 大吉備諸進命
孝霊天皇
異表記 忍鹿比売命(古事記)
押媛命(先代旧事本紀)
異説 磯城県主葉江の娘・長媛
十市県主五十坂彦の娘・五十坂媛
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概要 編集

異表記として忍鹿比売命(おしかひめのみこと)、押媛命(おしひめのみこと)などが存在する。

古事記』、『日本書紀』、『先代旧事本紀』など各史料に登場する女性で、孝安天皇皇后として孝霊天皇大吉備諸進命を生む。天足彦国押人の娘かつ孝安天皇の姪とされる。

ただし『日本書紀』第1の一書での孝安天皇の皇后は、磯城県主葉江の娘である長媛で、第2の一書では十市県主五十坂彦の娘である五十坂媛とされている。

 
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参考 編集

駿河浅間大社の大宮司家(富士氏)は和爾部姓で和邇系図(和珥氏を参照)を伝えており、真偽は詳らかでないが、孝昭天皇の皇子天足彦国押人命の子として「押媛命(一に忍鹿比売命、母は建田背命の妹 宇那比媛命也。孝安天皇の皇后)弟 和爾日子押人命(一に稚押彦命、母同上。大倭和邇里に居る)」と記載されている[1]比護隆界はこれを後世の偽作であるとした[2]

脚注 編集

  1. ^ 太田亮『姓氏家系大辞典』角川書店(1963年)第三巻P6661より。
  2. ^ 比護隆界「氏族系譜の形成とその信憑性:駿河浅間神社所蔵『和邇氏系図』について」『日本古代史論輯』、1988年

参考文献 編集

関連項目 編集