マハー・カーヤサンスクリット語: महा काय, ラテン文字転写: Mahā Kāya, 生年不詳 - 1458年)は、チャンパ王国占城国)の第14王朝最後の国王(在位:1449年 - 1458年)。漢文史料では摩訶貴由(まかきゆ、ベトナム語: Ma Kha Quý Do)と記される。

 マハー・カーヤ
महा काय
チャンパ王
在位 1449年 - 1458年

死去 1458年
王朝 第14王朝
テンプレートを表示

生涯編集

先王マハー・カーリーの弟にあたる[1]1449年、兄から王位を奪って即位した。同年3月に教某・槃梭らを黎朝大越に遣使したが、兄から王位を奪ったことを理由に退けられた。7月には逋沙破貪卒らを大越に使者として送り、拝謝した。1452年7月17日にはに朝貢の使節を送ってマハー・カーリーの死を伝え、景泰帝によって派遣された給事中潘本愚中国語版行人中国語版辺永中国語版によって占城王に封じられた。1457年3月25日にも多把衣那・微公執を明に遣使して天順帝の復辟を祝っている。翌1458年、乳兄弟のマハー・サーヤ中国語版に殺害された。

出典編集

  1. ^ Sharma, p. 109

参考資料編集

  • Geetesh Sharma (2010). Traces of Indian Culture in Vietnam. Rajkamal Prakashan. ISBN 978-8190540148 
  • 明史』巻三百二十四 列伝第二百一十二 外国五 占城
  • 大越史記全書』本紀巻之十一 黎皇朝紀 仁宗宣皇帝
  • 明実録』英宗睿皇帝実録 巻二百十八
  • 『明実録』英宗睿皇帝実録 巻二百七十四
  • 欽定続文献通考』巻二百三十九 四裔考 南夷 占城
先代:
マハー・カーリー
チャンパ王
第14王朝第5代:
1449年 - 1458年
次代:
マハー・サーヤ中国語版