本願寺日高別院

日高別院から転送)

本願寺日高別院(ほんがんじひだかべついん)は、和歌山県御坊市御坊にある浄土真宗本願寺派寺院。別名日高御坊京都市にある西本願寺の別院である。

本願寺日高別院
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山門と大銀杏、本堂(左奥)
所在地 和歌山県御坊市御坊100
位置 北緯33度53分17.2秒
東経135度9分28.2秒
宗旨 浄土真宗
宗派 浄土真宗本願寺派
本尊 阿弥陀如来
創建年 享禄元年(1528年
開基 湯川直光
別称 日高御坊
文化財 イチョウ(県天然)
戯瓢踊(県無民)
法人番号 2170005004382 ウィキデータを編集
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正門
本堂
御坊幼稚園

歴史編集

紀伊続風土記』によると、享禄元年(1528年)、摂津国江口の戦い三好長慶の軍勢に敗れた湯川直光は、山科本願寺証如の助力で小松原館に帰還できたことを感謝し、天文年間に美浜町吉原に一堂を建立し、次男の湯川信春を出家させ唯可としてその住職にしたという。

その後、唯可は石山本願寺に移った証如に拝謁し、祐存という法名と証如の御影を賜ったという。また、坊舎の号を許可され、吉原坊舎と称した。

天正13年(1585年)の紀州征伐により、吉原坊舎と湯川氏の居城・亀山城は焼失した。しかし、祐存はとともに薗浦の椿原に仮堂を建て、薗坊舎と称した。文禄4年(1595年)、紀伊国主浅野幸長重臣佐竹伊賀守の援助で薗坊舎を現在地に移し、鷺森御坊の別院として当院を再建した。現存する本堂は文政8年(1825年)の再建で、1877年(明治10年)に本願寺日高別院の称を得た[1]

御坊舎に因んで地名も御坊と呼ばれるようになり、現在の御坊市の地名の起源となった。以降、門徒を中心に人々が周辺に往来し町場が形成され、日高地方の商業の中心になった。町は日高別院を中心に西町中町東町に分かれているが、特に東町には現在でも土蔵屋敷が多く残り、近世の町並みを顕著に残している。

文化財編集

  • 日高別院(本堂・表門・裏門・鼓樓・鐘樓) - 市指定有形文化財(建造物)、平成10年1月21日指定[2]
  • 日高別院の公孫樹 - 県指定天然記念物、1958年(昭和33年)4月1日指定。文禄年間に坊舎移転の折に植えられたものと伝えられ、推定樹齢400年[3]

所在地編集

〒644-0001 和歌山県御坊市御坊100

交通アクセス編集

脚注編集

  1. ^ 日高別院”. 浄土真宗本願寺派 日高別院和歌山教区御坊組. 2015年11月23日閲覧。
  2. ^ 日高別院(本堂・表門・裏門・鼓樓・鐘樓)”. 日高市. 2015年11月23日閲覧。
  3. ^ 日高別院の公孫樹”. 日高市. 2015年11月23日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集