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春風亭枝葉

春風亭 枝葉(しゅんぷうてい しよう、1939年8月15日 - 1982年5月2日)は、元落語家。生前は落語協会所属。本名は五十嵐 昭雄

春風亭 枝葉しゅんぷうてい しよう
本名 五十嵐 昭雄
生年月日 1939年8月15日
没年月日 (1982-05-02) 1982年5月2日(42歳没)
出身地 日本の旗 日本
師匠 5代目古今亭今輔
4代目三遊亭圓遊
8代目春風亭柳枝
名跡 1. 古今亭今雄(1949年)
2. 古今亭今児(1949年 - 1951年)
3. 三遊亭喜圓遊(1951年 - 1954年)
4. 三遊亭玉遊(1954年 - 1956年)
5. 春風亭枝葉(1956年 - 1961年)
活動期間 1949年 - 1961年
所属 日本芸術協会(1949年 - 1956年)
落語協会(1956年 - 1961年)

人物編集

最初は1949年5代目古今亭今輔に入門し今雄、同年に兄弟子4代目桂米丸の前名今児(いまじ)に改名。師匠今輔は新作落語を演じていたが本人は古典落語に力を入れたかったので、1951年10月に4代目三遊亭圓遊門下に移って喜圓遊に改名。

一時師匠圓遊とトラブルになったが、前大師匠で日本芸術協会(現落語芸術協会)副会長2代目桂小文治のとりなしで詫びが叶って1954年7月に玉遊の名で再出発。周囲からは『パチンコと、女遊びやっているところ、玉遊とはなるほどだ』などと陰口をたたかれた。

その後再び師匠圓遊をしくじり、1956年7月8代目春風亭柳枝に拾われ枝葉と改名し落語協会に移籍したが、遊びと女癖の悪さは直らず、結局破門される。この時も『あぁあ、しょう(枝葉)がねぇやつだなぁ』と柳枝がぼやいたという。粋な芸風は『箱庭の頭』、『箱庭の船頭さん』などとあだ名されたが、結局真打昇進できず1961年に正式に廃業、最後は新宿末廣亭の従業員になっていた。享年42。

出典編集

  • 諸芸懇話会、大阪芸能懇話会共編『古今東西落語家事典』平凡社ISBN 458212612X
  • 古今東西噺家紳士録