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晴乃ピーチク・パーチク

晴乃ピーチク・パーチク(はるのピーチク・パーチク)は、昭和期に活躍した漫才コンビ。

メンバー編集

本名は直井利博(なおいとしひろ)。コンビ解散後は似顔絵漫談家として活動していた。栃木県出身。2007年10月23日、肺癌のため死去、82歳没。戒名は快談利照信士。趣味は油絵で二科展にも2度入選経験がある。生前は落語芸術協会漫才協団所属。
本名は手塚清三1963年5月12日石川県金沢市橋幸夫コンサートで司会中に軍刀を持った暴漢に襲われて橋幸夫と共に怪我をした。

来歴編集

1953年、直井オサムと大沢ミツルでコンビを組み、1961年に「晴乃ピーチク・パーチク」と改名したが、1971年に解散。

「見たかや聞いたかや」のギャグは流行語にもなった。

受賞編集

出演編集

テレビドラマ

映画

弟子編集

関連項目編集