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艦歴
計画 1896年度[1]
起工 1898年2月[1]
進水 1899年4月25日[1]
就役 1899年7月3日[1]
その後 1905年12月12日駆逐艦に種別変更[1]
1912年8月28日三等駆逐艦[1]
1921年4月30日特務艇編入・二等掃海艇類別[1]
1921年6月21日雑役船編入・標的船指定[1]
除籍 1921年6月21日[1]
廃船 1925年5月2日[1]
性能諸元
排水量 305t(公試)
全長 68.4m
全幅 6.26m
吃水 1.58m
機関 レシプロエンジン2軸、6,000馬力
最大速 31.0ノット
兵員 55名
兵装 8cm砲×2、6cm砲×4
45cm魚雷発射管×2

(あけぼの)は、大日本帝国海軍駆逐艦で、雷型駆逐艦の3番艦である。同名艦に吹雪型駆逐艦(特II型、綾波型)の「」がある為、こちらは「曙 (初代)」や「曙I」などと表記される。

目次

艦歴編集

1899年7月3日に竣工し、水雷艇(駆逐艇)に類別された[1]。1900年2月20日、横須賀に到着[1]1900年6月22日、軍艦に編入され駆逐艦に類別[1]

1904年日露戦争が勃発した際には第1艦隊第2駆逐隊に所属していた[2]旅順口攻撃黄海海戦日本海海戦などに参加した[1][2]

1921年4月30日、特務艇(二等掃海艇)に類別。同年6月21日、雑役船(標的船)に編入。1925年(大正14年)5月2日、廃船[1]

艦長編集

※艦長等は『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

回航委員長
  • 河瀬早治 少佐:1899年1月23日 - 1900年6月22日
艦長
  • 河瀬早治 少佐:1900年6月22日 - 1901年1月22日
  • 九津見雅雄 少佐:1901年1月22日 - 1905年1月12日
  • 山内四郎 大尉:1905年1月12日 - 12月12日
駆逐艦長
  • 山内四郎 少佐:1905年12月12日 - 1906年1月25日
  • (兼)大瀧新蔵 大尉:1906年1月25日 - 7月3日
  • 井上猪之吉 大尉:1906年7月3日 - 1907年11月13日
  • (兼)井上鉄治 大尉:1907年11月13日 - 11月22日
  • 今橋重良 大尉:1907年11月22日 - 1909年12月1日
  • 岸科政雄 大尉:1909年12月1日 - 1911年5月23日
  • 原田精次 大尉:1911年5月23日 - 1912年12月1日
  • 中村有年 大尉:1912年12月1日 - 1914年5月27日
  • 宮田源八 大尉:1914年5月27日 - 不詳
  • 吉岡清 大尉:不詳 - 1915年9月1日
  • 柳沢恭亮 大尉:1915年9月1日 - 1916年1月28日
  • 渡辺汀 大尉:1916年1月28日 - 12月1日
  • 松川晃 大尉:1916年12月1日 - 1917年4月1日
  • 森田弥五郎 少佐:1917年4月1日 - 6月1日
  • 荒糺 大尉:1917年6月1日 - 1918年6月13日
  • 日暮豊年 大尉:1918年6月13日 - 12月1日
  • 高橋頴雄 大尉:1918年12月1日 - 1919年7月12日
  • 中田操 大尉:1919年7月12日[3] - 1919年12月1日[4]
  • 荻野仲一郎 大尉:1919年12月1日[4] - 1920年6月1日[5]
  • 木幡行 大尉:1920年6月1日 - 1920年12月1日
  • 横山茂 大尉:1920年12月1日[6] - 1921年4月1日[7]
  • (兼)久保九次 大尉:1921年4月1日 - 1921年6月1日

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『日本海軍史』第7巻、284頁。
  2. ^ a b 『聯合艦隊軍艦銘銘伝』普及版、395頁。
  3. ^ 『官報』第2082号、大正8年7月14日。
  4. ^ a b 『官報』第2199号、大正8年12月2日。
  5. ^ 『官報』第2349号、大正9年6月2日。
  6. ^ 『官報』第2501号、大正9年12月2日。
  7. ^ 『官報』第2598号、大正10年4月2日。

参考文献編集

  • 『写真日本海軍全艦艇史 Fukui Shizuo Collection』資料編、KKベストセラーズ、1994年。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』普及版、光人社、2003年。

関連項目編集