有機化学(ゆうきかがく、英語: organic chemistry)は、有機化合物の製法、構造、用途、性質についての研究をする化学の部門である[1]

構造有機化学反応有機化学有機反応論)、合成有機化学生物有機化学などの分野がある。

炭素の酸化物を除き、炭素化合物はすべて有機化合物である[2]。また、生体を構成するタンパク質核酸脂質といった化合物はすべて炭素化合物である[注 1]ケイ素はいくぶん似た性質を持つが、炭素に比べると Si-Si 結合やSi=Si結合等の安定度が低いために炭素ほどの多様性をもたない[3]

歴史編集

有機化学が誕生する以前から人類は様々な有機物を利用していた。食料については言うに及ばず、麝香樟脳等の香料、石鹸アルコール等がその好例である。石鹸は油脂を植物灰中の金属塩と反応させて作られていた。従って有機化学の始まりを定義するのは異論のあるところである。

1780年頃にカール・ヴィルヘルム・シェーレが生物材料から有機化合物を取りだすことに成功し、以降徐々に有機化学が発展していくが、当時は有機物は人工的には合成することができず、生命の神秘的な力によって生み出されるとされる、いわゆる生気論が主流であった[4]二酸化炭素などはを燃やせば作ることができるため、生命力に依らない無機物であるとされた。つまるところ、人によって作ることができず、生物によってのみ作ることができる物質が有機物であると考えられていたのである。

化学における生気論は1828年ドイツフリードリヒ・ヴェーラーによって打ち破られた。彼は、無機物であるシアン酸アンモニウムの加熱によって有機物である尿素が得られることを示したのである[5]。これによって有機物の定義は変化した。

その後、19世紀後半には有機化学は分野として独立し[6]、様々な有機化合物の性質が調べられ数々の反応が発見されるとともに、様々な有機物が合成されるに至り生気論は崩壊した[7]。その中で特筆すべきものとして芳香族化合物の発見があげられる。最初に見つかった芳香族化合物ベンゼンである。ベンゼンの構造はフリードリヒ・ケクレによって示された[注 2]が、二重結合を有する物質の割に反応性が低いことや、置換誘導体の種類が少ないなど奇妙な性質を持っていることが分かった[8]。この奇妙な性質の原因が解明されるのは量子力学が導入されてからである。

1857年にウィリアム・パーキンが紫色染料のモーヴを合成することに成功したのを皮切りに、有機化学の成果は続々と工業分野に応用されるようになった[9]。初期の応用は染料工業が中心であったが、やがて19世紀後半には薬品工業にも応用は広がっていった[10]。1869年のセルロイドの開発をきっかけに合成樹脂の研究が進められ、1909年にはアメリカのレオ・ベークランドが初の完全な合成樹脂としてベークライトの工業化に成功した[11]。18世紀末には人造絹糸(レーヨン)の開発も進み、さらに時代が下って1934年ウォーレス・カロザースによってナイロンが作り出された[12]。やがて有機化学の発展と共にゴム接着剤樹脂などが合成されるようになり、靴下から宇宙船まで様々な分野に応用されている。

有機化学は元来生物を構成する物質を扱う学問であり、生化学とごく密接に関連している。有機化学における手法は、生化学における化学反応の理解や、生体物質の解析などに応用される。現在では、有機化学は生化学や高分子化学の基礎として位置づけられている。

理論編集

有機化学の理論は構造論反応論に大別できる[13]

構造論編集

反応論編集

実験操作編集

有機化学の基本的な実験操作は、現代ではかなり洗練され、実験の安全性および結果の妥当性を保証するものとしてほぼ確立されているので、実験者はまずそれらをしっかりと身につけることが求められる。 ただし各手順は研究者によって微妙に異なることもあり、時にはそこから流派(出身研究室)を推測することも可能である。

炭素骨格と官能基編集

有機化学化合物合成方法を考える場合、炭素骨格の構築官能基の変換に大別することが多い。

一般の有機化合物は、鎖式炭化水素アルカンアルケンアルキン)あるいは環式有機化合物シクロアルカン芳香族炭化水素複素環式化合物など)を骨格とし、そこに官能基ヒドロキシ基カルボキシル基など)が結合した構造を持っている。

官能基を変換することは比較的容易である。例えば、アルコールは適当な酸化剤を用いることによって、アルデヒドあるいはカルボン酸に変換でき、カルボン酸からさらにアミドエステルへと変換することが可能である(官能基についてはに詳しい説明がある)。

一方、炭素骨格を構築することはなかなか難しい。古くからアルドール反応グリニャール反応が用いられてきたが、期待する炭素骨格を効率よく合成することは困難であった。しかし、近年では鈴木カップリングメタセシス反応など、効率の良い反応が開発され、タキソールシガトキシンのような複雑で巨大な分子も全合成することが可能となっている。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 存在比からすれば、寧ろ無機化合物が多い。
  2. ^ ただし、「ケクレがベンゼンの構造を示した」というエピソードについては異論も唱えられている。本件の詳細はケクレの項目を参照のこと。ベンゼンの構造として別にプリズマンデュワーベンゼンが提唱されたが、結局却下された。

出典編集

  1. ^ 『岩波 理化学辞典』岩波書店
  2. ^ 「基礎 有機化学」(新・物質科学ライブラリー4)p2 大須賀篤弘・東田卓著 サイエンス社 2004年4月10日初版発行
  3. ^ 「ひとりでマスターする生化学」p15 亀井碩哉 講談社 2015年9月24日第1刷発行
  4. ^ 「現代化学史 原子・分子の化学の発展」p54-57 廣田襄 京都大学学術出版会 2013年10月5日初版第1刷
  5. ^ 「はじめて学ぶ科学史」p70 山中康資 共立出版 2014年9月25日初版1刷
  6. ^ 「現代化学史 原子・分子の化学の発展」p67 廣田襄 京都大学学術出版会 2013年10月5日初版第1刷
  7. ^ 「現代化学史 原子・分子の化学の発展」p76 廣田襄 京都大学学術出版会 2013年10月5日初版第1刷
  8. ^ 「現代化学史 原子・分子の化学の発展」p70-71 廣田襄 京都大学学術出版会 2013年10月5日初版第1刷
  9. ^ 「現代化学史 原子・分子の化学の発展」p143-144 廣田襄 京都大学学術出版会 2013年10月5日初版第1刷
  10. ^ 「現代化学史 原子・分子の化学の発展」p146 廣田襄 京都大学学術出版会 2013年10月5日初版第1刷
  11. ^ 「現代化学史 原子・分子の化学の発展」p369-370 廣田襄 京都大学学術出版会 2013年10月5日初版第1刷
  12. ^ 「現代化学史 原子・分子の化学の発展」p370-371 廣田襄 京都大学学術出版会 2013年10月5日初版第1刷
  13. ^ 山口達明『有機化学の理論 学生の質問に答えるノート 第四版』三共出版、2007年

関連項目編集

全般
IUPAC命名法 - 塩基 - 酸化還元 - 加水分解 - 立体化学化学構造投影式光学異性体不斉炭素原子絶対配置立体配置
有機化合物
炭化水素アルカンアルケン)- 不飽和炭化水素 - 芳香族炭化水素 - 複素環式化合物
置換基 - ハロゲン化アルキル - カルボン酸酸アミド酸ハライド酸無水物
生体物質
核酸塩基 - ヌクレオシド - ヌクレオチド - 核酸
アミノ酸 - ポリペプチド - タンパク質
- 単糖 - 二糖 - 多糖デンプンセルロース) - 糖鎖
脂質 - 炭水化物
化学工業
石油 - 高分子生体高分子ゴム樹脂合成繊維) - 無機化学 - 油脂
その他
生物学と有機化学の年表

外部リンク編集