松浦政信

江戸時代中期の平戸藩世子。松浦誠信の子、松浦静山の父

松浦 政信(まつら まさのぶ)は、江戸時代中期の肥前国平戸藩の世嗣。名は(まさし)とも言う。官位従五位下壱岐守

 
松浦政信
時代 江戸時代中期
生誕 享保20年(1735年
死没 明和8年8月11日1771年9月19日
別名
官位 従五位下壱岐守
肥前平戸藩世嗣
氏族 松浦氏
父母 松浦誠信、宮川氏
兄弟 政信稲垣昭央正室、
永井尚俶正室、木下利忠正室、
本多忠籌正室、相良頼峯婚約者、
松浦信安室ら
真田信安
友子
テンプレートを表示

略歴編集

8代藩主・松浦誠信の三男として誕生。母は宮川氏。正室は真田信安の娘。

宝暦7年(1757年)に兄で嫡子・が早世したため、代わって嫡子となる。同年、徳川家重に拝謁し叙任する。しかし、家督を継ぐことなく明和8年(1771年)に37歳で早世した。代わって長男・が嫡子となった。

清の十一女・愛子中山忠能に嫁し、慶子を産んだ。慶子は明治天皇の母であるため、政信は明治天皇の高祖父にあたる。

系譜編集