林田 繁和(はやしだ しげかず、1966年10月27日 - )は、NBC長崎放送の元アナウンサー。アナウンス部部長。

はやしだ しげかず
林田 繁和
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 長崎県長崎市
生年月日 (1966-10-27) 1966年10月27日(55歳)
血液型 B型
最終学歴 長崎大学
勤務局 NBC長崎放送
部署 アナウンス部
活動期間 1991年 - 2021年
ジャンル 地域報道
出演番組・活動
出演中 (本文参照)
出演経歴 (本文参照)

来歴編集

長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校長崎大学卒業後の1991年NBC長崎放送に入社。

担当番組編集

過去編集

テレビ
ラジオ
  • 電リクランド恵子のサンデーコースター
  • 林田君のRing!Deng!電リクリリンのリン!
  • 林田君の向こう三軒両隣り
  • 満腹ワイド ラジDONぶり
  • きかせられないラジオ
  • 情報コンビニ 午後ですよ(月曜 - 水曜、2012年4月 - )
  • さくら町ステーション(日曜 12:00 - 12:57 出演アナウンサーは、週替わり)
  • 想い出の花束 〜あの日、あの時、あのメロディー〜(月曜 - 金曜18:00 - 18:10 なお、NBCラジオ佐賀では、月曜 - 木曜の同時間帯)

エピソード編集

  • 近年はラジオの出番は少なかった。『報道センターNBC』降板から『あっぷる』着任までの間、昼ワイドのレギュラーを持っていた。2012年春の改編からラジオ中心の活動となる。
  • 1990年代、全国のラジオ局は電リクを廃止してメール・ファックスリクエストに方針転換したが、電リク番組を担当していた林田もこの転換によって「最後の電リクパーソナリティ」になった。
  • 2002年には村山仁志アナウンサーと林田の企画・出演による「トーキングセッション男子アナ天国」を開催。同年秋にはNBCアナウンサー総出のイベント「アナアナ大作戦」を開催。NBCの名物イベントとなっている。しかしイベントが大きくなるにつれて、林田は制作にかかわる時間が確保しづらくなり、村山主導に傾きつつある。2004年秋に「男子アナ完結篇(仮)」として完結すると言っていたが、結局は2011年まで続いた。
    • 年代が近い村山とは馬が合い、親が転勤族[2]で長崎のクロスネット時代の記憶が少ない村山にとって、生粋の長崎育ちの林田は『想い出の花束』でのトークの情報源でもあった。林田自身も『科学忍者隊ガッチャマン』恒例の“バードミサイル発射許可を巡る健とジョーの口論”をたびたびラジオ内で語っている。
    • 村山とのアニメ談義は、2009年4月開始の『きかせられないラジオ』にて聞くことができた(NBCのポッドキャストでも聴取できた)。
  • 2010年には、JNN系列で優秀なアナウンサーに与えられるアノンシスト賞のテレビフリートーク部門最優秀賞並びに大賞(グランダ・プレミオ)を受賞[3]2011年にはラジオフリートーク部門最優秀賞(『きかせられないラジオ』)とテレビフリートーク部門優秀賞(『あっぷる』)をダブル受賞する。
  • 長崎大学落語研究会OB[4]であり、「長楽亭凡太」の名前で高座に上がることもある。長崎あざみ落語会のメンバーでもある。落語の実力は高く、2012年の第4回社会人落語日本一決定戦で3位に入賞した。

脚注編集

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  1. ^ @mitsuiraita (2020年7月5日). "父の命日だったので、お寺行ったり、お昼ご飯食べたり、実家に寄って猫と戯れたり。夕方から家族で佐世保に。そう言えば佐世保は、海上自衛官だった父の最後の赴任地でした。海沿いの商業施設の近くには、護衛艦が停泊。あまくさ。タグボート的役割の船の様です。何か平和。そんなこんなで7月5日です。" (ツイート). Twitterより2021年4月4日閲覧
  2. ^ 村山の父親(故人)は元海上自衛官で、佐世保が最後の任地だったという(村山《@mitsuiraita》のツイート[1]より)。
  3. ^ 長崎放送番組審議会 第508回
  4. ^ 長崎大学落語研究会「ENTER」→「データベース」→「系図」の第14代で確認できる。

外部リンク編集