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柏倉 秀徳(かしわくら ひでのり、1980年8月6日 - )は、宮城県出身のバスケットボール指導者、選手である。ポジションはポイントガード。選手として三菱電機、レラカムイ北海道、日立サンロッカーズ、パスラボ山形ワイヴァンズで2015-16シーズンまで競技生活を送り、2016年に引退。指導者の道に移った。

柏倉 秀徳
Hidenori Kashiwakura
Kashiwakura hidenori hitachi.jpg
引退
身長(現役時) 173cm (5 ft 8 in)[1]
体重(現役時) 67kg (148 lb)[1]
血液型 B
足のサイズ 27.5㎝[2]
基本情報
愛称 ヒデ
ラテン文字 Hidenori Kashiwakura
誕生日 (1980-08-06) 1980年8月6日(39歳)
日本の旗 日本
出身地 宮城県
出身 仙台市立仙台高等学校
筑波大学
ドラフト  
選手経歴
2003-2010
2010-2011
2011-2013
2013-2015
2015-2016
三菱電機
レラカムイ北海道
日立サンロッカーズ
三菱電機名古屋
パスラボ山形ワイヴァンズ

1980年、宮城県に生まれる。兄の影響でバスケットボールを始め、小学校2年生の時にクラブチームに加わった[2]仙台高校でインターハイ・ウィンターカップに出場し、筑波大学でもインカレなどで活躍、2001年に埼玉で開催されたヤングメン世界選手権では主将を務めアシスト王に輝く。

大学卒業後、三菱電機に入社。

2003年にはアジア選手権日本代表にも選ばれた。

2010年レラカムイ北海道へ移籍。

2011年日立サンロッカーズに移籍。

2013年、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ名古屋に移籍。3年ぶりの三菱電機への復帰となる。

2015-16シーズンはNBDLに所属するパスラボ山形ワイヴァンズと契約した。山形は祖先の出身地であり、姓の「柏倉」も山形市の地名が由来であった[3]。山形はレギュラーシーズンを23勝13敗の4位で終え、優勝決定プレーオフに進出したが、セミファイナルではレギュラーシーズン1位の豊田通商ファイティングイーグルス名古屋に、3位決定戦で大塚商会アルファーズに敗れ、4位に終わった。

シーズン終了後の2016年6月に引退を発表し、筑波大学の特任助教の職に就くとともにバスケットボール指導者に転身した[3]

日本代表歴編集

  • 2001ヤングメン世界選手権
  • 2003アジア選手権

参考資料編集

関連項目編集