柳家 東三楼(やなぎや とうざぶろう)は、落語家名跡


三代目 柳家やなぎや 東三楼とうざぶろう
Yanagiya Tôzaburô the 3rd
三代目 柳家(やなぎや) 東三楼(とうざぶろう) Yanagiya Tôzaburô the 3rd
柳家東三楼定紋「くくり猿」
本名 稲葉いなば 昭義あきよし
生年月日 (1976-09-28) 1976年9月28日(46歳)
出身地 日本の旗 日本東京都江東区
師匠 三代目柳家権太楼
名跡 1. 柳家ごん白
(1999年 - 2002年)
2. 柳家小権太
(2002年 - 2014年)
3. 三代目柳家東三楼
(2014年 - )
出囃子 靭猿
活動期間 1999年 -
活動内容 落語家
所属 落語協会
公式サイト 柳家東三楼 "ZABU" 公式SITE
受賞歴
第8回岡本マキ賞(2003年)

平成28年度第71回 文化庁芸術祭 大衆芸能部門新人賞

備考
現在はニューヨークを活動の拠点としている。

三代目 柳家 東三楼(やなぎや とうざぶろう、1976年9月28日 - )は、落語家、演出家、脚本家、俳優、大学教員である。落語協会所属の真打。本名:稲葉 昭義。紋∶丸に三ツくくり猿[1]出囃子∶「靭猿」。現在はニューヨークを活動の拠点としている。

経歴編集

東京都江東区亀戸出身。江東区立亀戸中学校、法政大学第一高等学校卒業後の1999年5月、三代目柳家権太楼に入門する。前座名は、師匠権太楼が大師匠五代目柳家小さんに「小よし」、「小稲」の伺いを立てたが却下され、五代目柳家小さんが本名の「稲葉」から「因幡のうさぎ」を連想し「ごん白」となる。2002年5月、日本大学芸術学部文芸学科中退。

2002年11月に柳家喬四郎鈴々舎風車三遊亭亜郎と共に二ツ目昇進し「小権太」と改名。2003年、第8回岡本マキ賞受賞。

2014年3月、四代目柳家三語楼三遊亭究斗五代目古今亭志ん好三代目桂やまとと共に真打昇進、同時に三代目柳家東三楼を襲名した。東亜大学芸術学部客員准教授[2]

2016年、第71回文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞受賞[3]。また10月には演劇集団柳家東三楼一座旗揚げ 脚本・演出・主宰となる。2018年2月から4月にかけてトロントニューヨークで18公演に及ぶツアー。演劇コントユニット、ハレとケを結成。脚本と俳優担当。

2018年8月、東亜大学芸術学部トータルビューティー学科客員准教授に就任[2]。同年10月より2019年2月に渡りサンフランシスコ、タンパ、マイアミ、セントピーターズバーグ、ニューオリンズ、ボストン、ニューヨーク、トロントと大学、高校、小学校、老人施設、文化会館、総領事館等を英語、日本語で落語をする35公演のボランティアツアーを行う。2019年6月、アメリカ O-1 visa取得後渡米、ニューヨーク州ブルックリンを拠点に活動中。2020年4月にはオンラインサロン「柳家東三楼の行動主義!」を開設。2021年4月より,RAKUGO Association of Americaの代表となる。

芸歴編集

  • 1999年
  • 2002年11月 - 二ツ目昇進、「小権太」と改名。
  • 2014年3月 - 真打昇進、「三代目柳家東三楼」を襲名。

出囃子編集

主な作品・メディア編集

映画

  • 2011年 「落語物語」
  • 2015年 「グッドモーニングショー」

舞台

  • 2016年 第1回 柳家東三楼一座 旗揚げ公演 「みんなdeらくご」
  • 2017年 第2回 柳家東三楼一座公演「十二人の粋な江戸っ子」
  • 2018年 第3回 柳家東三楼一座公演 「モノクロ 品川 目黒」
  • 初監督作品 ショートフィルム 「MONOCRO」

テレビ

新聞

  • ジャピオン 連載コラム「柳家東三楼のアメリカに落語の花を咲かせましょう」(2021年4月2日〜)[1]
  • 週刊ベイスポ 連載コラム「柳家東三楼のBreak a leg 落語の時間ですよ」(2021年3月12日〜)

ラジオ

  • さくらラジオ レギュラー「三代目 柳家東三楼のアメリカよもやま噺」(2019年11月〜)

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 柳家東三楼(落語協会公式)”. 2018年8月14日閲覧。
  2. ^ a b 落語家「柳家東三楼氏」がトータルビューティ学科客員准教授に就任”. 東亜大学 (2018年8月22日). 2019年1月8日閲覧。
  3. ^ 平成28年度(第71回)文化庁芸術祭賞の決定について (PDF)”. 文化庁 (2016年12月27日). 2019年1月8日閲覧。

出典編集

外部リンク編集