桓恵王(かんけいおう、生年不詳 - 紀元前239年)は、中国戦国時代君主。名は然。釐王の子。

桓恵王 韓然
王朝
在位期間 前272年 - 前239年
姓・諱 韓然
諡号 桓恵王
没年 紀元前239年
釐王

生涯編集

釐王23年(紀元前273年)、釐王が死去すると、後を嗣いで韓王となった。

桓恵王元年(紀元前272年)、を攻撃した。

桓恵王9年(紀元前264年)、に陘城など9城を攻め落とされた(陘城の戦い)。

桓恵王10年(紀元前263年)、秦に太行を攻撃された。

桓恵王11年(紀元前262年)、秦に野王を攻め落とされる。この攻撃により飛び地となっていた上党郡に降伏した。

桓恵王17年(紀元前256年)、秦の攻撃により陽城・負黍を失陥した。

桓恵王24年(紀元前249年)、秦に城皋・滎陽を攻め落とされた。秦は三川郡を置いた。

桓恵王26年(紀元前247年)、秦の攻撃により上党の地を全て失陥した。秦は太原郡を置いた。

桓恵王29年(紀元前244年)、秦に13城を攻め落とされた。

桓恵王32年(紀元前241年)、韓はと合従して秦を攻めたが、敗れた(函谷関の戦い)。

桓恵王34年(紀元前239年)、死去した。在位34年。

参考文献編集

先代:
釐王
の君主
紀元前272年 - 紀元前239年
次代:
韓王安