メインメニューを開く
第3回WBC、台湾対オーストラリア戦で球審を務める森健次郎(2013年3月2日)

森 健次郎(もり けんじろう、1964年1月22日 - )は、東京都出身のプロ野球審判員

来歴・人物編集

国士舘高等学校国士舘大学、東都大学野球審判員を経て、1988年セントラル・リーグ審判部に入局した。審判員袖番号は27(1988年初採用から)、笠原昌春同様、セ・リーグ審判員袖番号採用初年度入局審判である、オールスターゲーム3回(2000年、2004年、2012年。うち2000年のオールスターゲーム第2戦で球審)、日本シリーズ5回出場(2001年、2002年、2005年、2009年、2013年)。うち、2001年の日本シリーズ第4戦、2009年の日本シリーズ第2戦、2013年の日本シリーズ第6戦で球審を務めた。現在は、クルーチーフである。

日本シリーズも5度経験しているように審判として定着している。2006年8月17日の巨人-ヤクルト戦(東京ドーム)で三塁塁審を務め、1000試合出場を達成した。身長はさほど高くなく、がっちりした体型である。全体的にストライクゾーンがかなり広く、特に外角はアメリカメジャーリーグの審判並みにワイドと言われている。 2007年の巨人-横浜の開幕戦では球審を担当。高橋由伸のセントラルリーグ史上初、衆樹資宏以来史上2人目の「開幕戦初球先頭打者ホームラン」を見届けた格好となった。

2017年4月25日、豊橋市民球場で行われた中日-ヤクルト3回戦で三塁塁審を務め、史上65人目となる通算2000試合出場を達成した[1]

球審を務める際の構えは2006年まではシザーススタンス、2007年以降はスロットスタンスで構えている。またマスクは黄色パッドを使用している。

エピソード編集

3ボール、なのに四球編集

2007年7月29日東京ヤクルトスワローズ中日ドラゴンズ17回戦(明治神宮野球場)において球審を務めた森は、3回裏の打席でカウント2-3となった時点で一塁へ向かった青木宣親を呼び止めることなく、そのまま一塁に出塁させてしまった。青木の証言によれば、2-1からファウルを放った後にスコアボードの表示が2-2になっており、選手および4人の審判員がそれを信じたため、“四球を選んだ”青木及び(青木に)“四球を与えた”中日の中田賢一投手を含め誰も疑問を持たなかったようである。

とはいえ球審はボールカウントおよびアウトカウントを表示するインジケーター(操作は球審自身が行う)を携行しながら試合に臨んでおり、スコアボード表示が誤っていたからといって球審の責任がなくなるわけではない。

なお、野球規則では次打者田中浩康に第1球が投じられた時点で青木の「四球」は正当なものとなるため、記録が変更されることはない。

この事件に関し、セントラル・リーグ豊蔵一会長は、森を含む4審判(森、小林和公佐々木昌信深谷篤)に対し、審判員の任務を怠ったとして厳重戒告処分を下した。

初のビデオ判定担当編集

2010年3月27日読売ジャイアンツ東京ヤクルトスワローズ2回戦(東京ドーム)において責任審判として2塁塁審で出場した森は9回表ヤクルトアーロン・ガイエル選手のバックスクリーンへの打球を、3塁の笠原昌春塁審が2塁打と判定するも、責任審判として公式戦初のビデオ判定を採用、ホームランと判定し自らホームランのジェスチャーと場内アナウンスをした。

体調不良による交代編集

2010年4月27日中日ドラゴンズ読売ジャイアンツ4回戦(ナゴヤドーム)において球審として出場していたが、風邪をひいたことによる発熱と過換気症候群のために体調が悪化[2]。森の体調不良を見抜いたドラゴンズの落合博満監督が交代を勧め[3]、2回表が終了した時点で途中交代した。これにより二塁塁審の名幸一明が球審に回り、控えだった橘高淳が二塁塁審を担当し試合が再開された[4]。その後森は5月3日の巨人対ヤクルト戦(東京ドーム)で無事復帰した(2塁塁審)。

日本人審判員が初のWBC球審編集

2013年3月に行われるWBCで、日本野球機構から派遣され、日本人として初めて球審を務めることになった。[5] そもそもWBCは過去2大会においてもMLBの審判員しか球審を認めていなかったが、 審判コーディネーターのラリー・ヤングが日本の審判技術を評価して「日本の審判員に球審を」と求めてきた事により実現となり、森は「侍ジャパンの合宿などで準備してきて体調は万全。ワクワク、ドキドキですが、しっかり仕事をして次回の大会にもっと多くの日本の審判が出場して球審をできるよう頑張りたい」と抱負を述べ、3月2日の1次ラウンドB組(台湾台中)の開幕戦、台湾オーストラリア戦で球審を務めた(その前日の2月26日のB組出場国の練習試合(台湾・台中)でも球審を務めた)。

審判出場記録編集

  • 初出場:1991年10月10日、大洋対阪神25回戦(横浜スタジアム)、三塁塁審。
  • 出場試合数:2185試合
  • オールスター出場:4回(2000年、2004年、2012年、2018年)
  • 日本シリーズ出場:5回(2001年、2002年、2005年、2009年、2013年)

(記録は2018年シーズン終了時)

脚注編集