毛 新宇(もう しんう、1970年1月17日 - )は、中国共産党初代中央委員会主席毛沢東の孫(毛姓では唯一)。毛岸青邵華の子。中国人民解放軍の軍事科学院戦争理論戦略研究部副部長(副軍職)。階級は少将。中華全国青年連合会常務委員、中国人民政治協商会議全国委員。広州大学松田学院法政系担当教員。広州松田職業学院名誉学長。広州松田職業学院毛沢東思想学科担当者。

毛新宇
プロフィール
出生: 1970年1月17日
職業: 政治家、軍人
各種表記
繁体字 毛新宇
簡体字 毛新宇
拼音 Máo Xīnyǔ
和名表記: もう しんう
発音転記: マオ シンユイ
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略歴編集

  • 1992年7月 中国人民大学歴史系卒、明清史専攻
  • 1992年9月-1995年7月 中央党校理論部で修士号取得
  • 2000年 軍事科学院に博士号取得のため入学
  • 2003年 博士号取得
  • 2008年7月 軍事科学院戦略部副部長
  • 2009年9月 近日中に少将に任命されるとの報道が流れた。「人民解放軍で最年少(39歳)の少将誕生か」と書かれたが、本人が秘書を通じてこの報道を否定した[1]
  • 2010年7月  少将に昇格[2]
  • 2018年4月22日に北朝鮮で発生した交通事故の死亡者32人の中に名前があると報じられている(後述)。

家庭編集

  • 1997年 郝明莉中国語版と結婚。郝明莉は元ホテルの従業員。後北京大学で学ぶが、2003年に監獄で死亡[要出典]。子供はできなかった。
  • 2002年 劉濱と結婚。
  • 2003年 息子が誕生。
  • 2008年 娘が誕生。

著作編集

1990年から書籍と作品を発表している。以下は、主な著書。

  • 『朱元璋研究』
  • 『毛沢東眼中的五大帝王』
  • 『永遠的懐念-毛沢東誕辰百年輯録』
  • 『我的伯父毛岸英』

その外、テレビ・ドラマ「女紅軍女将軍風采録」、「江山如此多嬌」をプロデュースし、12集のテレビ文学刷本「一代賢后」を創作した。

発言編集

  • 2011年3月全国人民代表大会開会中、マスコミから少将の地位と家族関係を問われ、「もちろんです。それは客観的事実で、私も否定しない。人々は毛沢東への熱愛を私に投射しています」と述べ、親の七光りで少将に就いた点を否定しなかった[3]
  • 2012年3月開かれた全国政協会議中のインタビューで 、「毛沢東は私たちにいくらかの印税を残したと言う人がいるんですが、あるわけがない。残したのは尽きない財産、つまり毛沢東思想です」と述べた[4]

人物編集

  • 昨今多発している中国共産党員の汚職・腐敗に対しては厳しい姿勢でのぞんでいる[5]
  • 2012年に42歳で党大会代表に選ばれたが、親の七光りで役職についている典型的な「太子党」とされ、中国メディアからの評価は低く、習近平党総書記も好意を抱いていない[6]。「軍の評判を下げる」とも評され、2017年の党大会の代表からは外された。
  • 「毛体書法」の創始者として中国書道史に名を遺す毛沢東の書法を受け継ぐ「中国毛体書法家協会」の名誉主席である。同じく毛沢東の子孫として、毛体書法家協会の主席となっている書家の毛世霖とともに、「毛体書法」を受け継いでおり、書道の字は上手いが、普段の字は独特である。
  • 蔣介石の曾孫である蔣友柏(台湾人だが「イケメンのデザイナー」として中国大陸でも有名)とも比較される風貌や、「メディアの取材を受けながら鼻をほじる」などの自由奔放な言動や、その「達筆」ぶりから、中国のインターネット上で度々話題になっている。

死亡説編集

2018年4月22日に「抗米援助戦争勝利65周年中国朝鮮訪問文化交流団」と言う北朝鮮観光バスツアーの一員として北朝鮮を訪れた際に起きた大規模な交通事故により死亡したと報道されている。それによれば伯父である毛岸英(毛沢東の長男)の墓参の帰りに他の中国人旅行者31名とともに死亡し、金正恩委員長が直接慰霊したとされている[7]。しかし、その件でメディアの取材を受けた毛小青(毛沢東の姪)が「毛新宇は北朝鮮には行っていない」として、その報道を否定。そもそも毛新宇は将軍なので、観光客と一緒にツアーに参加するわけがないと主張している[8]。4月29日には北京市内の公園で毛新宇を見かけた人が写真をSNSにアップしたほか(このように国家の重要人物であるはずなのに市民に紛れてよく見かけるので、国賓としてではなく観光客と一緒に北朝鮮に行きそうな人物だと市民に思われている)、労働節(中国のゴールデンウィーク)明けの5月6日には毛新宇が少将として5月4日に中国船舶工業集団との研究会に参加したというニュースが流れ、死亡説は収まった[9]

脚注編集

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  1. ^ 「「少将昇進」はガセだった」『AERA』2009年10月19日号
  2. ^ “毛沢東の孫が異例の出世、最年少で少将に” ((日本語)). 読売新聞. (2010年8月2日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100802-OYT1T01054.htm 2010年8月2日閲覧。 
  3. ^ 塩沢英一『中国人民解放軍の実力』ちくま新書、2012年、145頁。
  4. ^ 毛沢東の孫・新宇少将、「腐敗に反対」で注目 - 読売新聞
  5. ^ “毛沢東の孫「主席の子孫には官僚も社長もいない」”. サーチナ. (2012年3月6日). オリジナルの2012年7月13日時点におけるアーカイブ。. http://archive.is/r2lf 
  6. ^ “毛沢東の孫が共産党大会の代表から漏れる 能力疑問視か”. NEWSポストセブン. (2017年9月18日). http://www.news-postseven.com/archives/20170918_613703.html 
  7. ^ 한겨레 (2018年5月1日). “「金正恩が謝罪した中国観光客交通事故の時、毛沢東の孫も死亡」”. ハンギョレ. http://japan.hani.co.kr/arti/politics/30457.html 2018年5月2日閲覧。 
  8. ^ “毛新宇”遭遇”朝鲜车祸?毛家人否认” (中国語). 博聞社. (2018年5月3日). オリジナルの2018年6月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180627005605/http://bowenpress.com/news/bowen_193676.html 
  9. ^ “毛新宇出席研讨会 破除网络传言” (中国語). 聯合早報. (2018年5月6日). https://www.zaobao.com.sg/realtime/china/story20180506-856580 

外部リンク編集