無文道璨(むもん どうさん)は、南宋末期に活動した禅僧である。大慧下4世。

無文道璨
生年不詳 - 咸淳7年2月
(生年不詳 - 1271年2月)
生地 吉州太和県
宗派 臨済宗大慧派
笑翁妙堪
弟子 支提澄鑑、定山 一、王崖 振
著作 無文印
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略歴 編集

吉州太和県で誕生する。俗姓は不詳。笑翁妙堪に嗣法した。

宝祐2年(1254年)6月、饒州薦福寺の住持となった後、南康軍廬山の開先華蔵禅寺の席を薫するが、再び薦福寺へ戻った。

咸淳7年(1271年)2月示寂。法嗣は支提澄鑑ら三名を数える。詩文集として無文印があるほか、語録として無文和尚語録が編まれている。

参考文献 編集

  • 禅学大辞典編纂所 編 『新版 禅学大辞典』p.923 1985年
先代
笑翁妙堪
臨済宗破庵派
1248-1271
次代
支提澄鑑
定山 一
王崖 振