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スピードスケート選手時代の実績編集

オリンピック初出場となるトリノ大会では1000mで1分11秒21で28位、1500mで1分50秒59で35位、5000mで6分51秒53で27位、団体追い抜きで8位に終わった。日本のスピードスケート長距離選手の現在の練習環境は、短距離選手と比べて世界との差があまりにも大きいこともあって企業などからの支援がない状況で、牛山も独りで練習している状態だった。このような練習環境ではたとえ練習しても世界に通用する選手にはなれないと感じ、2005-06年シーズンを最後に現役を引退した。

スケート撤退・競輪転向編集

過去に「日本のスピードスケート長距離選手の練習環境の悪さを改善したいです」とコメントしており、指導者となる予定とされていたが、トリノオリンピック閉幕直後の3月15日競輪の選手を養成する日本競輪学校に特別選抜試験の願書を提出していたことが判明し、3月24日には合格が発表された。

2007年4月に日本競輪学校第92期生として卒業(在校競走成績第5位)。当初は出身地の長野登録であったが、牛山と同じくスピードスケートより競輪に転向した武田豊樹が競輪での師匠として練習の指導等をすることになったため、登録地を茨城に移動してデビューすることになった。

同年7月14日弥彦競輪場でのFII開催で競輪選手デビュー(1着)。同月27日に行われた松戸競輪場でのレースで同期として一番乗りの優勝を果たした。

同年12月6日豊橋競輪場で開催されたレインボーカップファイナル準決勝第9レースにおいて勝利。同開催の決勝進出を決め、S級昇進を果たした。同期としては最初のS級昇進者となった。

2013年3月24日立川競輪場で行われた第66回日本選手権競輪において、初のG1決勝進出(8着)。

関連項目編集

外部サイト編集