メインメニューを開く

一般社団法人日本競輪選手会(にほんけいりんせんしゅかい、: Japan Professional Cyclist Union、略称:JPCU)は、日本競輪選手を会員とする一般社団法人2017年平成29年)1月25日現在の会員数は2330名で、理事長は佐久間重光

日本競輪選手会
Japan Professional Cyclist Union
日本競輪選手会.jpg
日本競輪選手会本部ビル
団体種類 一般社団法人
設立 1952年昭和27年)4月1日
所在地 東京都板橋区蓮根3-14-29
日本競輪選手会本部ビル
法人番号 2011405001596
起源 日本プロフェッショナル・サイクリスト連合
主要人物 理事長 佐久間 重光
活動地域 日本の旗 日本
主眼 自転車競技法に基づいて登録された選手の適正な出場条件の確保並びに競技技術及び資質の向上
活動内容 競輪の公正安全の確保に関する事業
登録選手の指導訓練 他
会員数 2330名
ウェブサイト http://keirin-jpcu.org/
テンプレートを表示

目次

組織概要編集

競輪の創設と共に、各地に結成された競輪の選手会を全国的に統合するため、1951年5月9日に『日本プロフェッショナル・サイクリスト連合』として結成され、翌年4月より社団法人日本競輪選手会(以下、選手会)として正式に発足した。

選手会支部は37都道府県[1]に設置されており、競輪選手はいずれかの支部に所属しなければならず、無所属の場合は競走の斡旋をJKAから拒否される。また選手に対し非常に強い権限を持っており、事実上、選手の雇用主としての側面もある(退職金の支給額に関する権限もある)。一般の報道などで競輪選手の身分を紹介する際には、日本競輪選手会またはJPCU所属と表記されることが多い。

役員は2016年現在、理事長1名・専務理事1名・常務理事2名・常任理事8名・理事5名・監事3名(内、公認会計士1名)となっている。うち理事長・専務理事・常務理事は常勤役員。選手会の役員は競輪選手ではあるものの、競走へはあまり参加していない。これは選手会の業務が忙しいためと言われる。そのため何年も競走へは参加していない幹部も多い。しかし特別に登録消除(引退)にはならない規則となっている[2]

競輪選手が競輪以外の自転車競技に関わる時は、関連団体の「日本プロフェッショナルサイクリスト協会」(Japan Professional Cyclist Association・略称JPCA) を通して行なっている。なおJPCAは競輪以外のプロ自転車競技選手も登録している。

近年では競輪とは関係ない独自の事業を行って選手会への積立金を立て、会員(選手)に還元する試みを行っている。

選手は、選手会に入会すると同時に共済会(負傷や休業に対する補償を行う)にも入会するシステムになっているという[3]

選手会役員編集

平成30年6月現在の役員[4]

役職 氏名 所属支部
理事長 佐久間重光 三重
専務理事 安田光義 広島
常務理事 金古将人 福島
古原勝己 大阪
常任理事 高谷雅彦 青森
山口貴弘 栃木
戸邉裕将 茨城
黒田直記 静岡
一丸安貴 愛知
田中祥之 奈良
鈴木啓一 山口
児玉慎一郎 香川
藤田剣次 福岡
理事 手島志誠 群馬
白岩大助 埼玉
對馬太陽 神奈川
高田健一 徳島
四元慎也 鹿児島
監事 藤原誠 岐阜
池田智毅 和歌山
三浦悟 (公認会計士)
顧問 杉本博哉 (弁護士)

役員は公認会計士・弁護士を除き支部長兼務。

選手会支部編集

平成30年6月現在の支部と支部長[5]

支部名 支部長名
北海道 明田春喜
宮城 関戸努
東京 市川健太
新潟 川村昭弘
千葉 中村浩士
富山 宮越大
福井 澤田光浩
京都 窓場加乃敏
兵庫 澤田義和
岡山 内藤敦
愛媛 宇根秀俊
高知 森下忠夫
佐賀 秋山貴宏
長崎 阪本正和
大分 山本崇志
熊本 松尾正人

選手会役員は支部長兼務のため省略。

歴代理事長編集

  • 初 代・・・菊池宣次1952年9月~1957年3月)
  • 二 代・・・横田隆雄(1957年4月~1962年3月)
  • 三 代・・・前田勝美(1962年4月~1969年3月)
  • 四 代・・・中原保(1969年4月~1978年3月)
  • 五 代・・・大西敏明(1978年4月~1980年8月)
  • 六 代・・・須賀昭義(1980年9月~1981年3月)
  • 七 代・・・小川崇(1981年4月~1984年3月)
  • 八 代・・・片折行(1984年4月~1996年3月)
  • 九 代・・・岩楯昭一(1996年4月~?)
  • 十 代・・・鈴木孝幸
  • 十一代・・・富原忠夫
  • 十二代・・・佐久間重光

エピソード編集

  • 他の競技の選手会と違い、競輪の選手会はマスコミやファンにはあまり人気があるとは言えない。これは1989年に開催予定だったKEIRINグランプリ'89を、賞金の値上げ闘争の代償に中止へ追い込んだことが始まりとされる。この際に「ファン無視」と当時のスポーツ新聞は大々的に書きたてた。その後も出走ゲートに選手が揃ったにも関わらず、先頭誘導員に出走拒否命令を下し、開催が中止になったこともある。
  • 選手へのペナルティを参加自粛要請という形で、JKAとは独立して行うこともあり、しばしば二重制裁と言われる。
    • 松本整が引退前年のレースで失格を連発した際に、選手会が先述の「二重制裁」を加えたことついて、松本整は「選手会は僕を守ってくれなかった」と反発した。結局、松本整はそれまでのS1からいきなりA級に降格を決められたことや、自身を守ってくれなかった選手会に反発し、2004年(平成16年)の高松宮記念杯競輪の優勝を花道に引退した。
  • 2013年12月に、現役18選手の選手会脱退表明がなされた。

脚注編集

  1. ^ 岩手、秋田、山形、石川、山梨、長野、鳥取、島根、宮崎、沖縄の10県には支部はない。
  2. ^ 競輪に係る業務の方法に関する規程』第83条2(1)。現理事長の佐久間重光も近年は競走に出走しておらず事務に専念している。
  3. ^ スポーツニッポン・2014年2月26日付 20面「本紙評論家・井上茂徳の目」
  4. ^ 一般社団法人日本競輪選手会役員一覧
  5. ^ 競輪資料室

関連項目編集

外部リンク編集