メインメニューを開く

瑞穂古墳群(みずほこふんぐん)は、愛知県名古屋市瑞穂区豊岡通3丁目にある古墳の総称である。

瑞穂古墳群
Mizuho Ward, Nagoya City Mizuho Kofun group.No.2 Tumulus(2016.01.30).JPG
2号墳(2016年1月)
所在地 愛知県名古屋市瑞穂区豊岡通3丁目
位置 北緯35度7分23.9秒
東経136度56分24.4秒
座標: 北緯35度7分23.9秒 東経136度56分24.4秒
形状 円墳
出土品 円筒埴輪
築造時期 6-7世紀(古墳時代
被葬者 不明
地図
瑞穂古墳群の位置(愛知県内)
瑞穂古墳群
瑞穂古墳群
テンプレートを表示

概要編集

6世紀から7世紀にかけて築造されたと考えられている。かつては4基の円墳が存在し、そのうち2-4号墳が約50メートル間隔で存在していたことから、地元では三つ塚と呼ばれていた[1][2][注 1]瑞穂陸上競技場(現:パロマ瑞穂スタジアム)や瑞穂球場の建設・改修等によって、現存するのは2基のみ。発掘調査はなされていない[3]

現存する古墳

1号墳
北緯35度7分23.9秒東経136度56分24.4秒
豊岡小学校の校庭南側に位置する。高さは約4メートル、直径は20メートル以上あったと考えられている[4]が、現在残っている部分の規模はかなり小さい。
2号墳
北緯35度7分23.9秒東経136度56分28秒
名古屋市瑞穂公園内の児童公園の一角、野球場の南側にある。もとは高さ約7メートル・直径約30メートルの規模があったと推定されている[4]が、表土の流出が激しく外観は失われている。墳丘はチェーンで囲まれ立入禁止だが、子供でも容易に立ち入る事が可能な状態になっている。

滅失した古墳

3号墳
2号墳の北側に存在した。野球場建設の際に削り取られ、現存しない。
4号墳
2号墳のそば、野球場豊岡小学校の間にある道路付近に存在したとされる[3]昭和25年(1950年)に瑞穂陸上競技場の拡張工事で削り取られ、現存しない。

出土品編集

1号墳からは小型円筒埴輪片が、2号墳からは墳頂部に円筒埴輪列が見つかっている[3][5][6]。円筒埴輪はいずれも土師質で、外面に粗く縦ハケが施されている[3]。これらの出土埴輪は名古屋市博物館に所蔵されている。

脚注編集

[ヘルプ]

注釈編集

  1. ^ 史跡説明板(名古屋市教育委員会設置)では、「三つ塚」を1-3号墳としている。

出典編集

参考文献編集

  • 史跡説明板. 名古屋市教育委員会. 
  • 山田寂雀著『瑞穂区の歴史』瑞穂区郷土史研究会編、愛知県郷土資料刊行会〈名古屋区史シリーズ〉、1985年。ISBN 4871610357
  • 『瑞穂区誌 区制施行50周年記念』瑞穂区制施行50周年記念事業実行委員会編、瑞穂区制施行50周年記念事業実行委員会・名古屋市瑞穂区役所、1994年。全国書誌番号:94043882
  • 『新修名古屋市史 資料編 考古1』新修名古屋市史資料編集委員会編、名古屋市、2008年。ISBN 978-4-903305-02-8
  • 『みずほ検定 歴史・史跡・地名・産業文化編 公式テキスト』瑞穂区役所・瑞穂区郷土史跡研究会編、名古屋市瑞穂区役所、2012年。

関連項目編集