空間除菌剤
空間除菌剤(くうかんじょきんざい)とは、二酸化塩素などの物質を放散することで空気中に存在する菌やウイルスを除菌できるとする商品。空間除菌グッズ、空間除菌用品などとも呼ばれる。医薬品としての承認を受けておらず、法律上は雑貨となっている[1][2]。また、2019新型コロナウイルスの感染拡大以降、空間除菌と称して次亜塩素酸水などを噴霧している事例や[3]ほか、次亜塩素酸ナトリウムを混同して使用する例も見られる。
2019新型コロナウイルスの感染拡大以降に売れ筋となっているが、商品自体は2011年頃には存在し、国民生活センターなどによる調査が行われている[4]。医薬品や医薬部外品ではなく「雑貨」となっているため、新型コロナウイルスなどの感染予防の効果効能を謳うと違法となる。そのため、景品表示法による措置命令がしばしば発生している[2]。
分類
編集市販されている空間除菌剤にはいくつかの種類がある。また、空間除菌剤ではないが、パナソニック製のジアイーノのように、水道水と塩から次亜塩素酸水を生成して放散する機器も販売されている[5]。
- 放散する物質
- 形状・目的
- 卓上型(置き型)
- 身体装着型(携帯型)
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効果
編集メーカーによる分析
編集「クレベリン」を販売している大幸薬品が、「クレベリンゲル」を部屋に設置した場合、二酸化塩素ガスがほぼ均一に部屋の中に拡がることを確認したと発表している[6]。また、クレベリンの主成分である二酸化塩素はウイルスに効果があると発表している。ただし、クレベリンは日用雑貨品のため、クレベリン自体が特定のウイルス・菌、疾病等に対して効果があると謳うことはできないとしている[7]。
研究機関・公的機関による分析
編集2017年に国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンターで行われた研究では、身体装着型(携帯型)の空間除菌剤にウイルスや細菌に対する抑制効果はまったく認められなかった[8]。
2020年6月26日、製品評価技術基盤機構(NITE)は「次亜塩素酸水」について、一定の条件の下では新型コロナウイルスに対して有効だとする報告を発表した[9][10]。ただし、NITEによる次亜塩素酸水の評価は、アルコール消毒液等の代替品として身の回りの物品を拭いて消毒する際の評価であり、手指の消毒や空間への噴霧については検証されていない[9][11]。また、厚生労働省や経済産業省は「人が吸入しないように注意してください。人がいる場所で空間噴霧すると吸入する恐れがあります。」と注意を呼びかけている[9]。
危険性
編集二酸化塩素
編集二酸化塩素ガス自体は有効な殺菌作用を持つものの、眼や呼吸器などの粘膜を刺激して喘息などの原因となる危険性がある[12]。
また、二酸化塩素が食品添加物であることから安全と称している製品もあるが、製品自体の安全性が高いことを示すわけではないという指摘もある。実際に除菌剤を首からぶら下げて幼児を抱いていたところ、幼児の胸部が化学熱傷を負う事故も発生している。また、長期間低濃度雰囲気での曝露に関する安全性の検証は不安定で反応性の高いガスであるため、塩素ガスより毒性が高く、世界的にも安全性は確立されていない[13]。
次亜塩素酸水
編集次亜塩素酸水の噴霧による効果や安全性については、北海道大学の研究チーム[14]や三重大学大学院生物資源科学研究科福﨑智司教授[3]などによる検証が実施されている。
次亜塩素酸水は食品の殺菌に使われるほか、食品添加物にも指定されていることから安全であるとされている。食品添加物としては、最終食品の完成前に除去する(口に入らない)ことという前提で食品添加物に指定されている。ただし、歯科業界では次亜塩素酸水は歯周病の治療、うがい薬としても広く普及しており、誤って飲み込んでしまっても健康上の被害はないとされる。
次亜塩素酸ナトリウム
編集次亜塩素酸を含む消毒薬(次亜塩素酸ナトリウム液)については、厚生労働省によって「次亜塩素酸を含む消毒薬の噴霧については、吸引すると有害であり、効果が不確実であることから行わないこと」とされている。また、厚生労働省は「感染予防に役立つ見込みがなく、濃度など条件次第では有害になりうるので使用はやめてほしい」と求めている[14]。消費者庁と国民生活センターが運営している「事故情報データバンクシステム」には、次亜塩素酸ナトリウム噴霧液によるものと見られる健康被害に関する報告が寄せられている。[15][16][17]
Twitterなどでは次亜塩素酸と次亜塩素酸ナトリウムを混同する書き込みが見られ、「次亜塩素酸水は次亜塩素酸ナトリウムを水で薄めたものだと思っていた」といった誤解も見られる[18]。次亜塩素酸ナトリウムを含む漂白剤の製造メーカーにも「加湿器に使用できるか?」といった問い合わせが寄せられているという。メーカーは「たとえ水で薄めたとしてもアルカリ性が強い」としており、「加湿器などで霧状に噴霧された希釈液を吸い込むと、せき込んだり、呼吸器に異常をきたしたり、目に入ると失明のおそれもあります。また、機器の動作不良や故障の原因になる場合もあります」と述べ、注意喚起している[18]。
行政指導や処分
編集2020年5月15日、消費者庁は「身につけるだけで空間除菌」などと称する身体装着型の空間除菌用品を販売している業者に対して行政指導を行った[19]。行政指導では「当該表示の根拠とされる資料は、狭い密閉空間での実験結果に関する資料であることがほとんどであり、風通しのある場所等で使用する際には、表示どおりの効果が得られない可能性」があると指摘されている。
2020年8月28日、「首にかけるだけで空間のウイルスを除去」などと表示をして空間除菌商品を販売したT社に対し、景品表示法違反(優良誤認)で再発防止などを求める措置命令を出した[20]。同社は「半径1メートルの空間除菌」「二酸化塩素でウイルスや菌を除去」と宣伝し、「ウイルスシャットアウト」と称する空間除菌剤を販売している。消費者庁が同社に対して宣伝の根拠となる資料の提出を求めたが、屋外で十分な除菌効果を証明する資料はなかったという[21]。
2021年6月15日、消費者庁は「新型コロナウイルス対応」と謳って販売された空間除菌用品について、公告に根拠がなく景品表示法違反(優良誤認)に当たるとして、S社に対して再発防止命令を出した[22]。
脚注
編集- ^ “「着けるだけ」で予防? 空間除菌剤の品薄続く 消費者庁「表示根拠乏しい」”. 毎日新聞. 2020年5月29日閲覧。
- ^ a b 名取 宏 (2021年4月23日). “気休めにしては危険すぎる…現役医師が「空間除菌グッズは使うな」と断言する理由”. PRESIDENT Online. 2021年4月29日閲覧。
- ^ a b 福﨑智司. “次亜塩素酸水溶液の効能 ・ 空間噴霧の効果と安全性” (PDF). 2020年12月26日閲覧。
- ^ “「空間除菌」の商品、10年前から問題に 「売れるから作る」と「おまじない」のスパイラル”. withnews (2021年3月19日). 2021年4月29日閲覧。
- ^ “ジアイーノ”. 2020年5月29日閲覧。
- ^ 大幸薬品. “二酸化塩素の実験結果”. 2020年5月29日閲覧。
- ^ 大幸薬品. “クレベリン 置き型に関するご質問”. 2020年5月29日閲覧。
- ^ 西村秀一, 「身体装着型の二酸化塩素放散製剤の検証」『日本環境感染学会誌』 32巻 4号 2017年 p.222-226, doi:10.4058/jsei.32.222。
- ^ a b c “次亜塩素酸水は新型コロナに有効だと確認したが... 政府「吸入しないように注意を」” (2020年6月26日). 2020年7月16日閲覧。
- ^ “新型コロナウイルスを用いた代替消毒候補物資の有効性評価にかかる検証試験の結果について(第3報)” (PDF) (2020年6月26日). 2020年7月16日閲覧。
- ^ “新型コロナウイルスに有効な消毒・除菌方法(一覧)” (PDF) (2020年7月6日). 2020年7月16日閲覧。
- ^ 公益財団法人日本学校保健会. “Q&A 二酸化塩素による除菌等をうたった製品の使用について”. 2020年5月29日閲覧。
- ^ 大久保 憲. “市販の二酸化塩素製剤の殺菌効果と人体への安全性は?”. 日本医事新報社. 2020年5月29日閲覧。
- ^ a b 旗谷広司, 横山真太郎, 嶋倉一實, 三田村隆, 福澤信有, 菅野幸雄, 土井豊彦, 浜谷希人「微酸性次亜塩素酸水の衛生工学分野における応用展開」『衛生工学シンポジウム論文集』第12号、北海道大学衛生工学会、2004年10月、193-196頁、NAID 120000957745。
- ^ 独立行政法人製品評価技術基盤機構 消毒手法タスクフォース 新型コロナウイルスに対する代替消毒方法の有効性評価に関する検討委員会事務局. “「次亜塩素酸水」の空間噴霧について(ファクトシート)” (PDF). 経済産業省. 2020年5月30日閲覧。
- ^ “次亜塩素酸噴霧液 事故情報ID:0000372704”. 2020年5月30日閲覧。
- ^ “次亜塩素酸水生成液 事故情報ID:0000373274”. 2020年5月30日閲覧。
- ^ a b Kensuke Seya (2020年4月24日). “新型コロナの感染防止で広がる"勘違い" 家庭に身近な「消毒液」にメーカーが警鐘”. Buzzfeed. 2020年5月30日閲覧。
- ^ “携帯型の空間除菌用品の販売事業者5社に対する行政指導について” (PDF) (2020年5月15日). 2020年5月29日閲覧。
- ^ “首かけの空間除菌商品「裏付け無し」消費者庁が措置命令”. 朝日新聞 (2020年8月28日). 2020年8月29日閲覧。
- ^ “首下げ除菌「根拠なし」 メーカーに再発防止命令”. 産経新聞 (2020年8月28日). 2020年8月29日閲覧。
- ^ https://www.caa.go.jp/notice/entry/024570/ 消費者庁 (2021年6月15日). 2021年6月20日閲覧。
関連項目
編集- 二酸化塩素
- 次亜塩素酸
- 2019年コロナウイルス感染症流行に関連する誤情報
- 加湿器殺菌剤事件 - 韓国で死者も出た事件
- 感染対策を資材と方法から考える超党派議員連盟
外部リンク
編集- 西村秀一, 林宏行, 浦繁, 阪田総一郎「低濃度二酸化塩素による空中浮遊インフルエンザウイルスの制御―ウイルス失活効果の湿度依存性―」『日本環境感染学会誌』第32巻第5号、日本環境感染学会、2017年、243-249頁、doi:10.4058/jsei.32.243。
- 西村秀一「ウイルス不活化効果を標榜する二酸化塩素ガス放散製剤の実用性の有無の検証―冬季室内相当の温湿度での空中浮遊インフルエンザウイルスの不活化について―」『日本環境感染学会誌』第31巻第5号、日本環境感染学会、2016年、310-313頁、doi:10.4058/jsei.31.310。