笠松陣屋(かさまつじんや)は岐阜県羽島郡笠松町美濃国羽栗郡)にあった幕府直轄領におかれた郡代美濃郡代)の陣屋である。

石碑

美濃国尾張国の境(木曽川)にあり、交通の要所を監視する役割のほか、木曽川の治水の役割もあったという。

概要編集

当初、美濃郡代の陣屋は、1604年慶長9年)に小早川秀秋の旧臣である平岡頼勝が、可児郡徳野(現可児市徳野)に築いた徳野陣屋にあった。

建物は残っていたが、1891年(明治24年)の濃尾地震により焼失する。

跡地は現在、笠松町の史跡[1]として整備され、小規模な公園となっている(地図 - Google マップ)。

所在地編集

  • 岐阜県羽島郡笠松町県町67-1

交通機関編集

鉄道編集

バス編集

脚注編集

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  1. ^ 笠松町の文化財”. 笠松町 (2011年11月28日). 2013年5月15日閲覧。