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他の紀年法編集

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できごと編集

セレウコス朝編集

  • ユダヤ教に反対するアンティオコス4世は、エジプト遠征に失敗して帰還すると、兵士達に出会った者を打ちのめすように、家に避難した者は殺すように命じた。3日間の間に、8万人がエルサレムを逃れ、4万人が殺され、さらに4万人が奴隷として売られた[1]
  • ユダヤ教の司祭マタティアは、ユダヤをギリシャ化するアンティオコス4世の法、特にユダヤ人はゼウスのために犠牲にならなければならないという命令に反抗した。マタティアはシリアの役人を殺害し、5人の子供を連れてジュデアン・ヒルズに避難し、セレウコス朝によるユダヤの支配に抵抗した。

ギリシア編集

ローマ帝国編集

  • ルキウス・アエミリウス・パウルスは捕虜のマケドニア王ペルセウスとともにイタリアに戻った。そこで、マケドニアの捕虜は奴隷として売られた。大量の戦利品も持ち帰られてローマは豊かになり、ローマ市民の税金は免除された。マケドニアでの功績を称え、元老院はパウルスに "Macedonicus" という姓を与えた。

パルティア編集

中国編集

  • 淳于意の娘の一人緹縈が、罪を得た父に随行して長安へ行き、文帝に上書した。感動した文帝は、肉刑(肉体を損なう刑)を廃止して他の刑に代えるよう詔を下し、肉刑の法は廃止された。

誕生編集

死去編集

脚注編集

注釈

出典

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  1. ^ 2 Books of Maccabees 5:11-14.

関連項目編集