西澤 信正(西沢 信正、にしざわ のぶまさ、1931年2月7日[1] - 2009年8月14日)は、名古屋を中心に活動したジャーナリストニュースキャスター大学教授

生涯 編集

山口県下関市出身。京都府立洛北高等学校同志社大学文学部英文科卒業後、1953年中日新聞社(当時は「中部日本新聞社」)に入社。当初は社会部記者として活動するが、後にカイロワシントンD.C.特派員記者、東京本社(東京新聞)国会担当記者を歴任。1976年から名古屋本社文化部長を務めた。

1978年東海テレビ放送が「イブニングニュース」シリーズ (630600[2]) をスタートさせると、中日新聞社が東海テレビのニュース制作に現在に至るまで協力している関係から初代メインキャスターに抜擢される[3]。その後順次東海テレビのアナウンサーらにバトンタッチしていきながら、定年となる1990年まで担当した。

定年退職後は学界に転じ、名古屋造形芸術短期大学教授、名古屋造形芸術大学講師、名古屋大学講師、金城学院大学教授などを歴任していた。

脚注 編集

  1. ^ 『現代物故者事典2009~2011』(日外アソシエーツ、2012年)p.461
  2. ^ 1984年10月に「FNNスーパータイム」の表題差し替え・放送時間前倒し拡大の上で改題
  3. ^ 現在こそ取材・放送出演が東海テレビ自社で行えるようになったが、当時はまだテレビ局側の体制が十分に整っていなかったこと、新聞社側による放送メディアの報道への支配力が強かったことなどから、新聞社の人間が系列放送局のワイドニュース番組キャスターとなることは珍しくなかった。同じFNN系列で、同題の番組をスタートさせた当初の北海道文化放送でも、中日とも仲がいい“親会社”の北海道新聞社から論説委員を中心にメインキャスターを送り込んでいた。