『欽定四庫全書』経部八「論語集解義疏」

論語義疏』(ろんごぎそ)は、南朝儒学者である皇侃による『論語』の注釈書。全10巻。『論語集解義疏』とも呼ばれる[1]

概説編集

『論語集解』をもととして、魏晋以来の諸家の注釈と皇侃自らの注釈から成る。「義疏」とは、経書の注釈に対する注釈を意味する[2]。「○○義疏」と名付けられた注釈は南北朝時代に数多く作られたが、完本として現存するのは『論語義疏』だけである[3]から南朝の宋に及ぶ六朝の『論語』に関わる議論を見るに、この本をおいて他は及ばないと評価される[1]

特質編集

当時の学術の風潮のため、玄学あるいは仏教的な解釈の引用も多いが、それらを穏当に論じる[4]。『論語義疏』の解釈は道家の思想とも対比して解釈を示す場合もあり、例えば『論語』里仁篇の第四の十七で『老子』第二十七章との対比を示して儒教的立場からの解釈を施している[5]

中国における亡佚編集

六朝から唐を経て、北宋初の邢昺が『論語正義』を作成した際にも利用された。しかし、種々の要因から南宋以降、中国においては亡佚した[4]。書籍目録類を参照すると北宋前期王尭臣等の『崇文総目』、南宋前期成立の『群斎読書志』1177年成立の『中興館閣書目』、『遂初堂書目』のそれぞれに記録されているが、南宋後期の『直斎書録解題』には記録されていないことから南宋頃に失われたとされている[6]北宋の初め、邢昺によって『論語集解』、『論語義疏』をもとにし、詳細な注を加えた『論語注疏』(十三経注疏にも入っている)という注釈が作られると、それが官許の論語注釈書となり、『論語義疏』はそれまでの注釈書としての地位を失ったためであろうといわれている[3]江戸時代には荻生徂徠門下の根本武夷足利学校蔵本より室町時代の写本を完本で発見・校刻し、これがでも流通した。ただし、旧貌ではないともされ、校勘上問題がある[4][7]。また、敦煌本残巻がフランスに存する[8]

脚注編集

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  1. ^ a b 影山輝國『『論語』と孔子の生涯』中央公論新社〈中公叢書〉、2016年3月25日、42-44頁。ISBN 9784120048166NCID BB20993957
  2. ^ 石本,青木 2017, pp. 5,5.
  3. ^ a b 高橋均『論語義疏の研究』創文社〈東洋學叢書〉、2013年1月31日、5-15頁。ISBN 9784423192689NCID BB11696280
  4. ^ a b c 石本,青木 2017, p. 5.
  5. ^ 高畑常信『中国思想の理想と現実』木耳社、新、50頁。ISBN 978-4-8393-7187-6NCID BB16857070
  6. ^ 髙田宗平『日本古代『論語義疏』受容史の研究』、2015年5月、[要ページ番号]ISBN 4827312761
  7. ^ 足利学校旧鈔本(周易5、周易伝3、古文孝経1、論語義疏)”. 足利市公式ホームページ. 足利市. 2019年12月13日閲覧。
  8. ^ 高橋均 (1986-3-31). “敦煌本論語疏について:「通釈」を中心として” (Japanese). 東京外国語大学論集 (東京外国語大学) (36): 350-333. ISSN 04934342. http://hdl.handle.net/10108/23448 2019年12月13日閲覧。. 

参考文献編集

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