豊楽寺 (岡山市)

岡山県岡山市北区建部町豊楽寺に所在する寺院

豊楽寺(ぶらくじ)は岡山県岡山市北区建部町豊楽寺に所在する寺院である。山号は静謐山。宗派は高野山真言宗。本尊は薬師瑠璃光如来。高野山真言宗美作八十八ヶ所第二十一番札所である。

豊楽寺
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所在地 岡山県岡山市北区建部町豊楽寺223
位置 北緯34度52分50.8秒 東経133度54分50.1秒 / 北緯34.880778度 東経133.913917度 / 34.880778; 133.913917座標: 北緯34度52分50.8秒 東経133度54分50.1秒 / 北緯34.880778度 東経133.913917度 / 34.880778; 133.913917
山号 静謐山
宗派 高野山真言宗
本尊 薬師瑠璃光如来
創建年 伝・和銅2年(709年)
開基 伝・玄昉
札所等 美作八十八ヶ所21番
文化財 仁王門(市重文)、豊楽寺文書(県重文)
法人番号 4260005002202 ウィキデータを編集
豊楽寺 (岡山市)の位置(岡山県内)
豊楽寺 (岡山市)
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概要編集

寺伝によれば、和銅2年(709年玄昉が開山したと言われる。その後、奈良時代鑑真が寺院を整備したと伝わる。

室町時代には美作国守護大名赤松氏並びに山名氏の庇護を受け、寺領を与えられ僧坊は23坊に及んだ。しかし、安土桃山時代天正年間(1573年 - 1592年備前国北西部を制した松田氏が、日蓮宗への改宗を迫ったが応じなかったため、寺領を没収し寺院を破却した。

江戸時代前期の寛永年間(1624年 - 1644年)に津山藩初代藩主森忠政が寺院を再興した。

現在の本堂は貞享3年(1686年)の建造[1]

文化財編集

岡山県指定重要文化財
  • 豊楽寺文書
文書は、室町時代から江戸時代にかけての寺院への寄進状、豊楽寺由緒書など巻物7巻(書状27通)と巻紙1点・和綴じ冊子2点を含む7点の単品資料から成る。平成17年(2005年)2月23日(旧建部町)指定を経て、平成19年(2007年)3月16日に県指定[2]
岡山市指定重要文化財
  • 仁王門
平成5年(1993年)3月24日(旧建部町)指定。

画像編集

参考文献編集

  • 岡山県高等学校教育研究会社会科部会歴史分科会/編 『新版 岡山県の歴史散歩』 山川出版社 1991年 71ページ
  • 市川俊介/著 『岡山文庫 岡山の神社仏閣』 日本文教出版 1978年
  • 現地説明板/環境省・岡山県

脚注編集

  1. ^ sogensyookuのブログ
  2. ^ 岡山県・県指定文化財一覧(その4)

外部リンク編集