豊澤 住造(とよざわ すみぞう、1919年または1920年 - 2005年平成17年)5月9日、本名:笠原一子)は女流義太夫三味線[1]

来歴編集

滋賀県出身[1]

1930年(昭和5年)より「竹本琴治」を名乗る。1932年(昭和7年)に「豊澤松路」に改名後、1944年(昭和19年)から豊澤住造となる[2]

重要無形文化財「義太夫節」総合指定保持者に認定され、2000年には文化庁長官表彰を受けた[1]

2005年5月9日、肺炎のため東大阪市の病院で死去した(満86歳)[1]

豊澤住輔は実子[3]

脚注編集

  1. ^ a b c d “豊沢住造さん死去/義太夫三味線”. 四国新聞. (2005年5月9日). http://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20050509000335 2021年2月11日閲覧。 
  2. ^ 人物履歴 豊澤住造 - 文化デジタルライブラリー
  3. ^ 豊澤住輔さん(義太夫節三味線) - 関西ウーマン(「なかむらのり子の関西の舞台芸術を彩る女性たち」、2016年4月)